キルストゥの『神』の定義

「なあ、あの人たちは、どうしてオレたちを助けてくれたんだろうな」
 肩まである茶髪をゆらしながら、オレは寝室に飾ってある変な置物に手を置いた。
 中身は球体。
 しかしその上にまっさらな白い布がのり、頂点から花を咲かせている、幼いときからの大事な物。
 名前も忘れてしまったが、出会いを思い出す。
 もう、この世にはいない、笑顔が溌剌とした母と、そんな母の尻に敷かれている父の苦笑が思い出される。
 反対側のベッドは、弟のフォークのものだ。
 明日も学校がある。
 寝室の小さな電灯だけを光らせているオレは、ため息とともにベッドに腰掛けた。
 そして、寝るのではなく、回想する。
 オレがこの置物と出会った時の、エルニーニャでの思い出を……。



 夕焼けが早く落ちる季節だった。
 しかし、寂しさはまったくない。
「ツキは何が食べたい?」
「今日は建国記念の日だからな。商店街も露天を出して賑わっているよ」
 母と父の声に、オレはわくわくしていた。
 友達のアイスも来てるというし、いつもとは違う格好をした人々であふれかえる道は、好奇心を鷲掴みにした。
 浴衣姿の、鮮やかでがやがやとしたした景色。
 家ではかいだことのない、甘い香りが舞い散っている。
「えーと、えーと」
 幼いオレは、人々の隙間から見られる姿だけでしか食べ物の看板が見られない。
 そして、立ち止まることもできないまま、通り過ぎていく。
 人の流れが止まらないのだ。
「あ、焼きそばある! 買ってくるから、あっちで待っててね、ツキ、お父さん」
 浴衣姿のお母さんがウインクをしたかと思うと、人混みの中に消えていく。
「ふふ、お母さんは賑やかなお祭り、大好きなんだよ」
 上から、優しいお父さんの声が降ってきた。
 その柔らかな日差しを思わせる、ゆっくりとした話し声は雑踏に紛れない。
「お父さん、体力がないからツキを肩車させてあげることはできないんだ。ごめんな」
「ううん、一緒にいるだけで落ち着くから嬉しい!」
 オレは自然と笑みがこぼれた。
 お父さんよりお母さんのほうが強い。
 けれども、お父さんのほうが、弱々しいけど優しい。
 きっと、母もそこが好きになるきっかけになったのだろう、と幼心に思った。
「ん、あっちの木の下へ行こうか、ツキ。ここだと人の邪魔になるから」
 と、お父さんが言ったので、オレはコクリと頷いた。
 喧騒が遠くなり、ぽつぽつと他の人達も歩くのを止めている人が多くなった。
「お店の裏側が見れるな」
「うん」
「今のうちに食べたいもの、考えておきなさい。すぐ買えるようにね」
 父の言葉に、オレはりんご飴やわたあめ、焼きそばなんかを思い浮かべた。
 甘くて美味しい――焼きそばは違うけど――ものばかり、連想してしまう。
 いちごあめに、わたあめ、他にも他にも、家じゃ作れないものが、この中には詰まっている。
「アイスも来れば良かったのに」
 ぽつりと、友達の名を呟く。
「アイスくんの家はここじゃないんだろう? 仕方がないさ」
 お父さんの言葉に、おれは頬を膨らませた。
「だって、来るって言ってたのに……」
「一緒に遊びたかったかい?」
「うん……」
「お祭りは、来年も、再来年も、もっと後にもあるから。大きくなったら、きっと一緒に回れるよ」
 お父さんはそう言うけれども。
 今一緒じゃないのが悔しかった。
 他の子たちは、友達同士でも一緒だって話をしていたし。
 嫉妬心だったのだろう。
 ふと、変な感じを受けた。
 なにかと思ってお父さんを見上げるけど、視線は遠くを眺めていた。
 違う。
「いやーすませんなー」
 どこかの訛りが混じった声が降ってきて、顔を上げる。
 ぷっくりとした、頭にバンダナを巻きつけた人だった。
「おや、球体?」
 お祭りの明かりに照らされて、足元にキラリと光る手のひらより大きそうな丸いものが転がってきていた。
「ああ、これは拾いもんでして。この布を乗せると……」
 と、ぷっくりとした人が白色に見える布をそれにかぶせると、頂点から花が咲いた。
「え……」
 瞬間、なんとなく、これはここに相応しくないと感じた。
 直感だった。
「面白い玩具ですね」
「でしょう? でも、さっき拾ったものなので、そこの子が気にしてるようですし、無料で差し上げますよ」
「あ、いえ、そんな……商売してる方からいただくのは」
 断ろうとするお父さんに、ぷっくりとした人は恰幅よく笑った。
「なに、遠慮しないでくださいよ。これは商品ではないですから」
 断言したぷっくりした人に押されて、お父さんはちらっと困ったように眉根を寄せた。
 お父さんは優柔不断なところがだめだ、とよくお母さんに叱られている。
 だからオレは、はい、と足元に転がっていたその球体を持ち上げた。
 すると、そうあることが自然だというように、手のひらに収まった。
 でも、なぜだろう。
 これはここにいてはいけない。
 そんな気がしてたまらないのだ。
「すみません、息子に」
「いえいえ、気に入っていただけたならなんぼでも嬉しいってことですわい」
 がっはっは、とその人は豪快に笑った。
 どうしても付きまとう違和感を、勘違いしたのだろう。
「ツキ、どうした?」
「あ、えっと、嬉しい、です」
「お、そうかそうか。喜んでくれたなら、渡したかいもあった、ってこったな」
 もともと売りもんでもないしなーと、ぷっくりとした顔に笑顔が宿る。
「変なもんだけど、害はないと断言しとくわ」
「?」
「それは、――お守りみたいなもんだと思うからなぁ」
 顎に手を当ててぷっくりとしたおじさんが目を細めると、遠くからお母さんの声が聞こえてきた。
「本当に、ありがとうございます」
「いいっていいって。神々の遺産でもなさそうだしな、それ」
 意味のわからない単語に、目をぱちくりとした。
 すると、光の少ない屋台の裏側へと歩いてくる足音に、顔を上げた。
「待ってて、っていったのに、どうしてこんなところにいたの? あ、な、た」
「いや、その、あ、ははは」
 視線をそらして、お父さんがなぜか助けを求める視線を向けてくる。
 影になる部分が多いのに、お母さんが怒っている表情をしているのだけははっきりとわかった。
「笑い事じゃないわ。ったく、傭兵の勘でもなかったら、まだ探してたわよ」
 おれはそういうお母さんを見て、そういえば、と口を開いた。
「さっきのおじさんは?」
「あれ、いない、ね」
「誰のこと?」
 お母さんが首をぐるりと回しても、ぷっくりとしたおじさんが現れることはなかった。
 手のひらに、冷たい変な置物だけが残っている。
 本当のこと。
 そう告げているようで、なんだで言葉がわかるのか、わからない。
 何かしなければいけないのに、何をしたらいいかわからない。
「まあ、またいつか出会えるだろう。その時に、改めてお礼しよう」
「もぐ、何があったのよ、もぐ」
「お母さん食べるの早い」
「ツキも、ほら!」
 両手がふさがっていたから、口の中に甘いものを突っ込まれた。
 そして、それはふわりと溶ける。
「その変な置物? 買ったの?」
 やけに真剣な声で言うお母さんは、ちょっと怖かった。
「いや、貰い物だ」
「はぁ。まあいいわ。害は感じないから」
「何か知ってるの?」
「家に帰ったら、電子レンジ使うわ……」
 その意味はわからなかったが、今はわかる。
 電子機器が仕込まれていないか、確認するためだろう。
 キルストゥの名は、今でこそ知ったが、東のある小国では王族殺しの一族として迫害されている。
 それに母は、元々それに限らず傭兵だ。
 未知の物に対する警戒心は、ずっと強い。
「フォークは、知らないもんな」
 十年も前の話だ。
 未だにこれの本当の力はわからず、違和感だけがあるが、あのお祭りの夜を思い起こさせてくれる。
 落としても割れないから、そのまま机に乗せている。
「フォークだけでも生きててくれて、良かったよ……」
 もうキルストゥ姓は名乗れないとしても。
 きっと。
 今夜は家族四人で生きてきた日々を、思い起こすだろう――。



「お兄ちゃんが子供の頃に買ったとかいうこれ、面白いよな―」
 ぼくは白い布をとっては戻し、を繰り返して、もうベッドに横になってるお兄ちゃんを見つめた。
 ギャンブルで食材とかお金とか稼いでるお兄ちゃんと、お父さんやお母さんが残してくれたお金で、ぼくは学校に行けてる。
 お兄ちゃんは定職についてないから、大変だと思う。
 だから、本当は料理の専門学校に行きたいけど、就職したほうがいいのかなって思うときもある。
 でも、お兄ちゃんは、目標があるならそれに向かって頑張るべきだという。
「ぼくも何かできないかなぁ」
 ほけーと考えながら、変な置物の頭上に咲いた花を撫でる。
 まれに、つぼみになっているけど、それは珍しいこと。
 今日はそういう気分の日ではないらしい。
「……? なんで気分なんて思ったんだろ?」
 誰にともなく呟いて、とおっとベッドに腰掛けた。
 目を閉じて、ふう、と吐息をつく。
「宿題も終わったし、あとは寝るだけ――」
 学校の問題集は難しい。
 でも、このくらいが普通だと言うのだから、世の中は理不尽だ。
 ただ、体育だけは好きだ。
 身体を動かすのも、いろんな服を着るのも大好きだ。
 ふと、お父さんを思い出す。
 お父さんは、服のデザイナーさんだった。
 いろんな手続きはクルアさんが腕を振るってやってくれたから、お金のほうは気にしなくていいと言われた。
 でも世間体というのもあるから、お兄ちゃんは働いている。
「……ギャンブルって働いているっていうのかな?」
 ぼくは首を傾げながらも、枕のほうに身体を方向転換して、ぼふっと倒れた。
「料理くらいしか出来ないもんなぁ」
 あとは、難しい勉強の嵐だ。
 体育だけは、なぜかどんなことも吸収して、それ以上の結果を出してクラスのみんなを驚かせてる。
「キルストゥ……東の小国にある、王族を守っていた一族。今は指名手配されてるけど、ほとんどの国ではそれを拒否してる」
 だから、お母さんはエルニーニャ――お父さんのほうに来たと言ってたっけ。
 お母さんは傭兵をしていた。
 詳しいことは知らないけれども、昔聞いたことがある。
「この世に恨みつらみを残していった怨念。人類の驚異。それを祓うのが真のキルストゥの役目だ、と」
 ぼくは手のひらを、天井に向ける。
「怨念は、時に星々――他の星、終わりを告げた地球からは星の光としか見えないものを媒介に、『神』として生まれ変わる」
 それは遠い小国の伝承。
 本当かどうかわからない、一笑に付す話。
「『神』は怨念を元に、地球を支配しようとしたり、いろんなことをしようとするから……キルストゥが、見つけ次第滅ぼす。滅ぼさなきゃいけない地球の異物」
 荒唐無稽な話のようで、筋は通っている。
「長い間放置され、幽霊と言ってもいい怨念。それを依り代に、『神』は地球を闊歩している」
 だが、星の光が、どうしてそんな害を持つのか、わからない。
 そしてそれに気付いた、キルストゥも。
「そして神々お遺産を持つ者を増やして……」
「フォーク。あれは神だったものの残り香みたいなものだよ」
「わひゃあ! お兄ちゃん起きてるなら言ってよー」
「そのタイミングを逃したからな」
 不敵に笑うお兄ちゃんに、ぼくは頬を膨らませた。
「もー、酷いな―」
「キルストゥじゃなくても、『神』は普通に死ぬって母さん言ってたろ? 父さんには内緒って言ってたが」
「うん……」
「怨念、幽霊から生まれる『神』なんて、バカバカしいとは思うけど、母さんはそれらを狩るために傭兵になったと言ってたろ?」
「まあ、うん」
「本当かどうかもわからないことだ。気にはなるけどな?」
「どうせまだ子供ですよーだ」
 ぷいっとぼくは壁を見る。
 お兄ちゃんの笑い声が響く。
「数光年の星の光を浴びて『神』になるなんて、三文小説でもない話だ。それに、オレたちには関係ない話だろ?」
「そうだけどー」
「なら、もう夜も遅いから、寝よう。フォークのサンドイッチ、楽しみにしてるからな」
「あ、うん!」
 冷蔵庫に仕込んだサンドイッチを思い浮かべながら、ぼくはシーツの中に潜り込んだ。
 そして思うのだ。
 ――この日々がどうか、続きますように、と。



「星空の星の光に、魔と結びつくものがある」
 フードで顔を隠した、学生服のような制服を着こなしている少年が呟く。
「怨念、幽霊などと呼ばれますが、言うなれば負の世界汚染。例えるならシミだ」
「それが遠い遠い、散っていった星々と結びついて『神』となる。キルストゥは事前にそれを祓うものだけど」
 闇夜が電飾に侵食されて、あまり多くの星は見えない。
「で、――――は、いつまで座ってるんだ?」
「この星たちが、全部敵だったりするって、すごく非科学的」
 おれは妹の言葉に、納得した。
「フォファーさんから話を聴いてもいまいち理解できなかったからな。てかあの人本当に教師だったのか?」
「疑い深いわね、――――」
「仕方がないだろう。まだまだ諜報員としても、東の国に派遣されたこともないんだから」
「観光にはいったじゃない」
「あの時は仕事が滑り込みで入ってきたからおれだけいけなかったんだって」
 先輩の姿を思い出す。
 応援に来てくれ、と緊急の連絡が入ったのだ。
 退役した父が初めて旅行に行こう、と言った日に限って、事件は起きた。
 突如、新入りの軍人が銃を手に軍のホール内で銃の乱射を始めた。
 理由はわかっていなかったが、幸い死者はいなかった。
 そして彼は、今刑務所でうわ言を呟いているという。
 薬の痕跡なし、精神疾患と疑われているが、フォファーは断言した。
『あれは神様さ。精神疾患に見えるようにわざとうわ言を呟いてる。見てきたけど、演技上手だよね』
 何いってんだこいつと思いはした。
「こっちでは神の存在は少ないらしいな」
「――――神様を殺すためじゃなくて、フォーク? とツキ? って人を守るために呼ばれたのよ」
「覚えてるけど、おれたちにとっては見知らぬ人たちだしな。ま、コンタクトはするなと言われてるし、夜に活動するなら、怪盗だろ?」
「お父さん知識で言わないで。恥ずかしい。馬鹿」
「さて、『神々の遺産』で夢渡りできるようになったんだ、これを使わない手はないな」
「はぁ……どうして馬鹿は治らないのかな」
「いやいや、神が悪さをしたんだ。これはふつうに国防のためだ」
「……そういうことにしておきましょう」
「冷たいな! 相変わらず! 軍内一の冷徹女――いて!」
「とにかく、今日は下見に来ただけなんだから。私達の目が覚める前に、周囲を確認しましょう」
「うん、そこの闇夜が似合うお兄さん、敵意はないからね?」
 いつからいたのか、おれは暗闇の中の人影に問いかける。
「……彼らの護衛は、頼まれているからな。部外者を見かけたんで、ちょっと挨拶に来ただけだ」
「そうか。ま、この時点でおれたちは動かない。手出しはしないさ」
「ええ。あまりいても、迷惑なだけでしょうから。何も起こっていなさそうだもの」
「ほぉ」
「ってことで、またいつか、な、傭兵さん」
 おれはその言葉だけ残して、暗闇の中へ落ちる。
 浮遊感はない。
 実際には落ちてはいないからだ。
 そして、夢が覚めるように、頬をつねった。
 ……フォファーと名乗った青年は、明らかに異質だったが、他に守り人いるじゃねーかと突っ込みたくなる。
 異世界からの来訪者、フォファー。
 世界から星のことを聴いたと言うが、今の所、半信半疑だ。
 なぜ星の光が怨念とかいうものを『神』に仕立て上げるのだろうか。
 まあ、国に仇なすものならば、おれは全力を尽くして排除するのみ。
 そして、――――とともに、生きていくだけのこと。
 不意に、見慣れた天井が見えた。
「今晩は、お疲れさま」
 にこっと笑うのは、銀に近い黒髪の男、フォファーだ。
「家の屋根には行ったけど、あれでよかったのか?」
「うん。君たち兄妹が生きているこの世界」
「平行世界とかそういう細かいこと、なんとなくわかるから意外なことを言ってくれ」
 それを聞くと、フォファーは胸を張った。
「あの世界の君が、遠い未来に最悪な事態に襲われる。こっちでは妹さんがいるし、そもそも他の人の担当になるから問題はない」
「なら、関係ないんじゃないか?」
「それが、あちらの君は後に、『神』の生み出す天使になる」
「……はぃ?」
 荒唐無稽すぎて、頭の中を疑ってしまう。
「天使は死なず。まあ、『神』が世界を支配するために、人間そのものを使った実験さ」
「おれは巻き込まれないのか?」
「世界に頼まれて、ここから動くことは出来ないから、おれには断言できないけど。君らは大丈夫。平行世界での話だし、夢として扱われる」
 それが、世界自身の召喚だから、とフォファーは告げた。
「まあ、今回は顔ばれたってこともなかっただろうし、しばらくはなにもないと思うから、安心していいよ」
「していいのか?」
「国のために、やることがあるでしょう?」
 言われてハッとする。
「ああ。ありがとう、フォファー」
「いえいえー」
「ところで、傭兵に会ったんだが、それは問題ないか?」
「世界が問題ないならおっけーおっけー」
 さらりと告げる彼に、一抹の不安を覚える。
「……」
「いや、そっちの世界でこんな夜中に起きてて護衛してるってことはさ、あの子らになにかあったと考えると」
 そこで、フォファーはぴしっと人差し指を立てた。
「まあ、きみたちは不審者だと思われた。でも何もされなかったなら、ほうっておいても問題はないかと」
「そうなのか?」
「おれはあくまで『神』となる怨念とかが具現化に対応するほうが優先って約束したから。人と人とのぶつかり合いは、各々で判断して」
「殴っていいか?」
「先生を殴る生徒は問題児ですよー」
「いや、わざわざ他人を使うやつに怒りを覚えるし……」
「きみのこれからの話でもあるんだよ」
 フォファーははっきりと言った。
「被害者にでもなるのか?」
「もうなってる」
「だから、手助けをする、ということね」
「うお、お前人の部屋に勝手に入ってくるなよ」
 茶髪に近い金髪の少女は、寝間着姿で二人を見つめた。
「お父さんに気付かれてるわよ。言わないだけで」
「勘がいいね。だから、反逆者を集めて責任をとった、諜報員の長か。衰えないねー」
「秘密事項でしょそれ」
 はぁ、と妹が頭を抱えた。
「階級は中将を剥奪された、表向きは退役、裏では反逆者の粛清をしたという……なかなかできることじゃないし、罪に問われてもいいのに免除された。いろいろ絡んでたんだろうね」
 フォファーが面白がって真実を告げる。
「親父が軍人してた頃は、軍のやり方に不満持ってた軍人も相当いたらしくてな。それらをぱっとまとめ上げて、自分の今後も考えずにクーデター起こしたんだ。表には出てないけど」
「それは初耳。そしてフォアさんが言うのも」
「フォファーだ。で、今はアニメ三昧と」
「まとめたかったんだろうな。軍人としての規律も守れない奴らの集まりが昔はあった、と先輩言ってたしな」
「退役という形をとったのは、まさか首謀者が高官だった、なんてバレたら国の面子が立たないからだろうしねー」
「軍事国家の悩ましいことね」
 はぁ、と妹がため息をついた。
「反逆がありました、なんて公にはできない。管理が行き届いていないと知れ渡ってしまうから。スケープゴートになったわけ、か」
「だからあまり、軍人だった頃の話はしないんだな」
「だろうね。息子娘に迷惑かけたくないだろうし」
 さて、とフォファーはおれたちを見る。
「そろそろ行くよ。それじゃ、またね」
「ああ。そろそろ寝ないと明日がきつい」
 おれの返事に、フォファーは大変だね―とのんきな声を出した。
「平行世界の夢を見る時はまた来るから。でも、しばらくは行くことはないから、普段の仕事、頑張ってー」
「暇じゃなかったのか?」
「本気で暇だったら、昼間に面会に行くよ」
 昼にやることがあるのだろう。
 そう解釈してる間に、フォファーの姿が霞のように消え去った。
「これからは大変ね」
「だな」
 でもこれも国のためならば。
 おれは、どんなことでもやり遂げよう。
 そう、決めたのだ。
「じゃあ、お休み」
「ああ、お休み、――――」
 バタンとドアが閉じ、おれはベッドのシーツに潜り込む。
「国のため、か」
 おれは、どれだけ貢献できているのだろう。
 そんなことを思いながら、瞼をゆっくりと閉じた。