後日談

 ここは、東のとある小国。
 王族を失ったために、貴族たちが政治をする国。
 元は、王とそれを守護するキルストゥという魔――幽霊と言っても良い――を祓う、祝詞と杖で祓う青と、武器で祓う赤がいた国。
 その玉座へ通じる道は、大きな石のような材質で作られており、王の持つペンダント――鍵でしかその先へ入ることは出来ない。
「あら、また失敗なのね」
 もう何十年繰り返しただろう。
 腰まである黒髪を束ねたドレス姿の女性は、男を見下ろした。
「何度試しても、この王の間に通じる道はないのね……」
 女は、氷色の男を思い浮かべる。
「どうしても、邪魔をするのね。けれど、わたくしは諦めないわ。時間なら、いくらでもあるのだから」
「いえ、これで終わりです、永遠(とわ)様」
 ドレス姿の女――永遠は、振り返る。
「あら、あらあら、帰ってきてくれたの? リタル」
「はい。私がいた暗殺者の長。帰ってきました」
 黒い闇に溶ける青年は、ナイフを手に、腕輪をさすった。
「外の世界から生きて帰ってきた醜いあなたなら、わかるかしら?」
「あなたこそ、醜いですよ、永遠を名乗る人」
「本当の名前なんて、汚くてもう忘れてしまったわ」
 そこにいる女性は、本心から言った。
「この世は醜いもので満ちている。だから、暗殺者というわたくしの変わりに邪魔者を殺めてくれる組織を作ったの。あなたはお気に召さなかっただろうけれども」
「ええ。けれども、感謝しています。そのおかげで、出会えた人がいた」
「もう、戻ってくる気はないの?」
 心から残念そうに、永遠は告げる。
「あなたにとって、他人とは玩具と変わらないのでしょうね」
 別種の生き物を見る目で、リタルは語る。
「もう、全て終わりにしましょう」
「あら? どうして? 美しいものだけに囲われる世界を、一緒に作りましょう?」
 そうして伸ばされた手には、神々の遺産の腕輪がはめられている。
「堕落してますね、あなたは」
「ひどいことを言うのね、あなたまで、醜くなってしまって。なら、いらないわ」
「いらないのは、永遠さん、あんただ」
 氷のような色の髪の毛は、珍しい。
 その美しさに永遠が見とれていた。
 そして、横に、白装束の青い杖を持った青年がいた。
「あら? もしかして――まだ、生きていたの?」
「あんたが、全部仕組んだのか?」
「仕組む? まさか、黄金のことを言っているのかしら? 彼女はわたくしに美しいものを見せてくれたわ」
「キルストゥの、殺害、か?」
 白装束の青年の声が、震える。
「ええ。語りかけてくれた数々の殺害の様子。醜いものが失われていく瞬間。とても、刹那的で綺麗だったわ」
 あなたはしてくれなかったわね、とリタルを見る。
「あなたも事故死としか教えてくれなくて、ちょっと拗ねたのよ?」
「永遠。あなたは、もう眠るべきです」
「なぜ? 王族なら殺してしまって。醜い行為だけれども、我慢するわ。その瞬間が見れるのだから」
 すっと、リタルはナイフを握る。
 たんっと一歩で間合いを詰めると、その心臓へナイフを突き立てた。
「あ、ら――?」
「他のお前の子飼いの貴族たちも吐いたぜ。キルストゥ殺しの賞金は、永遠、お前らキルストゥ一族殲滅組が出したってな」
 クルアの言葉など、永遠には届かなかった。
 反対勢力だった貴族たちが、クルアの背後で、血を吐く女を見つめる。

 そして、彼らは次々と倒れゆく。まるで彼女が通る冥府へ道を作るように。
「なん、で? 育てて、あげたの、に?」
「お礼です。ああ、理由は、わからないなら、それでいいです」
 黒ずくめの暗殺者は、心臓を貫いたナイフを、ぐりっと回す。
「あぁ……醜い、わぁ……あなたも、醜く、なってしまったなん、て」
「醜いものがあるから、美しいものが輝くんです。あなたは、それから目をそらした」
「いい、え……だって、この腕輪、が守って、くれ、たもの……」
 そして、リタルにも同じものがあると、気付く。
「ふ、ふふ……キルストゥは、醜いと思っていた、けど」
「あなたは、いえ、もう何も言いません。届かないのですから」
 貴族として、育った永遠。
 永遠に美しいと思いたかったがゆえに、両親の愛たる名を捨てた女は、その瞳から光を無くしていた。
「さようなら、永遠。いえ、長。最期に、一番美しいものが、見れたでしょうから」
 一部の貴族が騒ぎ出すが、それは次の一言で静まった。
「真の王、アイスが王の間を開く! 何年も来るのを待っていた間が開かれる!」
「なあ、ツキ。できるかな?」
「馬鹿。お前は王で、今はオレ、キルストゥの代表ってていなんだから、胸を張れよ」
 小声のやりとりに、リタルは永遠という女性の遺体を抱いて、王の歩く道を作る。
 そして、アイスは大事にしていたペンダントを、ちょうど入りそうな隙間に、そっと入れる。
 ごごごご、と。
 まるで待っていたように、左右に扉は開いた。
 貴族たちは、血の匂いも忘れて、歓声を上げる。
「王が、王が帰ってきた!」
「やっと、お父さんが言ってた王様が帰ってきたんだ!」
 アイスとツキは目を丸くしたが、一歩、踏み込む。
 なにか、膜を通った気配がしたが、それも一瞬のことだった。
 そして、数十年も空いていたはずの玉座へ、座る。
「あ――青い――」
 氷色の光が玉座から立ち上る。
 祝福するように。
「国王、アイスが戻ってきました。――我が名は、キルストゥの青、ツキ。王に近づく魔を祓う者です」
 お、おおぉおおと、歓声が湧き上がる。
「え、えっと、皆、俺が王として最初の命令を下す。聞いてくれるか?」
 輝く玉座に座る青年に、待ちかねていた貴族たちは静になる。
「これよりキルストゥにかけられていた賞金首を、保護している者たちへ送ることに変更し、彼らを殺害している者たちは見つけ次第この国で処分することを、王アイスによって命じる!」
 うぉおおおおと、いっそう大きな声が湧き上がる。
「これはこの国だけでなく、他国全域に通達する! 異論がある者はいるか!」
 しんっと、逆に静まり返る。
 反対する者は、先に暗殺者Xと呼ばれていた者が、殺していたのだから、それも当然だった。
「これで、救われる命は増えるでしょうね」
 永遠の瞼を下ろして、リタルは隅っこで微笑む。
「クルア、間に合いましたね」
「元はおれのせいだったからな。でも、リタル。人を殺させて、ごめんな」
「同罪でしたから。どんな罰でも受けますよ」
 血を流さずに人を殺めることに慣れていた彼だからこそ、集まってきていた、永遠についた貴族たちを殺しても誰も気付かなかった。
 素手で人を殺す術を熟知していなければ、無理だったろう。
「ああ、でも。アイスさんに赤の宿命の代わりをして欲しいと頼まれました」
「いいんだな?」
「ええ。農業好きなリタルは、しばし休業です」
 そして、冷たくなった亡骸を抱いて、一度、彼らは外へ出た。
 外は、丸い月が、冷たく光っていた。



「うーん、ツキって人、見つからないんですか!」
「そうみたいだな」
 ラディアとグレンが、休憩室で話あっていた。
「あんな爆発事件起こすくらいですから、裏の人間なんでしょうか?」
「大総統は未解決事件として処理すると通達があったな」
「せっかくカスケードさん帰ってきのに、すぐ東に帰っちゃったし。ちょっと残念です」
 なぜカスケードが帰ってきたのか、二人にも、そして本人もわからないという。
「模倣犯が出ないと良いが……」
「出たら今度こそ、捕まえなくちゃ!」
「そうですよ」
「カイ、いつの間に来てたんだ?」
「いえ、二人が話に夢中で気付いてくれなかっただけですよ」
 とは、彼の談。
「保護した親子も、ツキに脅されていたし、ギャンブルの町の仕事場で家にいなかった父親――ツキの友人の、ですね、彼も行方不明らしいですよ」
 言いながら、さりげなくグレンの横に座る。
「あと少年も、ツキを殺そうとしていたそうです。こっちは事情聴取中ですけどね。なんでも、中將がやってるとか」
「重要人物だから、か」
「ツキとアイス、友人ですね。仲が良かったので、共犯の可能性もあるとか」
「お父さんは否定してるみたいよ」
「あ、リアさん!」
「グレンさんは待機でしたよね」
「結局、クレインの手伝いでパソコンも復旧できたと。情報処理班は跳んで喜んでいたな」
 グレンは言われるまま配線を抜き差ししていただけなのは、黙っていた。
「エイクって人も、行方をくらましたそうですよー」
「誰かが変装していたらしいけど……ブラックさんは知ってるそぶりみせてたわね」
「もう、こんな悲劇を繰り返さないようにしないとな」
「そうですね。そのための、軍ですもんね!」
 ラディアがおーっと手を伸ばす。



「なあ、フォークって一人っ子だよな」
「ブラック、今更何言ってるの?」
 中庭で、二人は樹に寄りかかりながら、話す。
「なんで、ツキと一緒の記憶があるのか、不思議でな」
「そうだね。調べてみたいけど、もう関わるなって上官から命令が来てるっていうし……」
「フォーク・キルストゥとツキ・キルアウェート。前にフォーク、キルアウェートって名乗ってなかったか?」
「詳しく覚えてるんだね。さすが兄弟ってところかな」
「お前もか」
「うん。今度機会があれば、聞いてみようか」
 風が吹く。
 魔を祓ったことで勝利を迎えた者が、全ての犯罪の大本という嘘という敗北を手に、本来の役目を果たしたことを、知らぬまま――。