終焉を望む者との邂逅

「『星座』を滅ぼされたの。ふぅん」
「いかがします? 『神』よ」
 高層マンションの一室に、女と男がいた。
 男はまだあどけない少年で、学生服の胸元にバッチをつけている。
「レジーナでできる『星座』はあれだけ。だから、目論見は外れたってわけ、ね」
「も、申し訳ありません! 暗部が」
「あなたにも内密に、『神』であることを隠してまで動かしてたのに。残念よね」
 友を失った瞳は、哀悼の瞳を宿していた。
「だが確かになった。キルストゥの青と赤はこの都に確実にいる。でなければ、『星座』にまで上がった者を滅ぼせはしない」
「人物は、だいたい特定しております。資料も」
「だいたい見当はついてるからいいわ。それより、妹さん、お元気?」
 悪魔がいるとしたら、こうして笑うだろうという顔で、彼女は告げた。
「あなたの落ち度じゃないわ。何もしないって」
 けれども、と彼女は続ける。
「何も失いたくないのなら、言いつけは守ってね?」
 と。
 『神』は笑って、震える子羊を見下ろした。



「馬鹿兄!」
「んー、あー?」
 クライスの私室に入るなり、クレインはパーカー姿の兄を見つめた。
「どうしたんだ、こんな朝っぱらに。腹でも減ったか?」
「まあ、お腹は空いてる――じゃなくて!」
「ん?」
「フォークさんと会ったの」
 その言葉で、寝ていた兄は跳ね起きた。
「クレイン、勝手なことするなよ!」
「するわよ! だって、……ああ、本人から言うべきよね、そっちは」
 なにがそっちなのかはわからないクライスは、首を傾げた。
「それより! そっちで何か掴んでない?」
「ああ……夕方の教会の件か。おれに似た者がいた。って話なら、聞いたけど」
「……私に似た人が、いたともね」
 通りすがりの軍人が、騒ぎにいたらしい。
 それで、二人は呼び出しがかかったのだが……時間的にいられるはずがないのだ。
「おれ始末書書いてたし、クレインはデータ整理してたのを、軍内で目撃されている。誰かが真似したって線が濃厚だが――」
「ええ。あと、これお父さん情報だけど」
 それを聞いた途端、クライスは面倒そうな顔をした。
 彼の父は元軍人であり、粛清暗部に深く関わっていた、とは本人が酒に酔った時にこぼした言。
 クレインは知らないが、クライスはよく覚えていた。
 そのことを追求して、闇医者やら殺し屋の仲介所やら、普通では知り得ない、がいつか必要になるかもしれない場所を教えてもらえた。
 誰かに話しておきたかったのだろう、と今なら思う。
「昨日、通信課の人一人行方不明、もう一人が怪我で軍の医務室にいるらしいの」
「それがどうした?」
「フォークさんいるらしいわよ」
「よし、行こう」
 さっとクレインの前で学生服に着替え始める兄の後頭部を殴ってから、クレインは外に出た。
「メリテェアからも、同じ情報来てるのよね……」
 つまり、上層部は知っている。
 行方をくらます軍人は、いないわけではない。
 明らかに社会の裏側に裏切った者は、暗部が粛清をするものの、例外が、最近多いような気がしてならない。
「ハーメルンの笛吹……は、関係ないか」
 『神』のことを知らない彼女にとって、テレビの格好の餌食なんだっけ、とか考えていると、クライスが出てくる。
「それじゃあ、フォークさんに会いに行こう」
「正確には、お兄さんが怪我したって」
 露骨に嫌そうな顔をした。
 だが、こんな人間らしい顔ができるようになったんだ、とも感心する。
 そう、この前までは、国家のためなら死んでもいい、みたいな顔つきだった兄が。
 一皮むけたというか、守る柱を見つけたと言うか。
 自分じゃないのがくやしいが、それでも、人らしさを身につけてくれたのは、彼女にとってとっても嬉しかった。
「あら? 二人ともご飯は?」
 と、居間を通り過ぎるとテレビを見てる父と、料理中の母に出会う。
「あ、ごめん、今日は途中で朝飯食ってくる」
「はいはい、わかりました。じゃあ、気を付けていってらっしゃい」
 にっこりと笑う母の無邪気な笑顔。
「しっかし、フォークさんはどうして軍にいるんだ? こんな朝っぱらに」
「お兄さんがいたからでしょう?」
「え?」
「キルアウェート軍曹、昨日の夜に首しめられて殺されかけたって。こっちは実はメリテェア情報」
「誰にだ?」
 声のトーンが下がる兄に、冷徹さが宿ったのを感じた。
「犯人は不明。でも、ここ最近変な事件というか行方不明者多いわよね」
「まあ、平均的だと思うが……兄守るんじゃなかったのか、あいつ」
 あの傭兵を思い出して、おれは愚痴をこぼす。
「とりあえず、医務室に行きましょう。いろいろあるでしょうし」
「守るなら、守りきれよ……」
 クライスは忌々しい傭兵の顔を思い浮かべると、舌打ちをした。



「事情があったんでしょう。さ、ここにメリテェアもいるわ」
 ノックをし、中へ入る。
 医務室の消毒薬の匂い。
 それを感じながら、首に包帯を巻いているツキを見た。
 フォーク、そして玩具だろうか、赤い矢印がその隣りにいた。
「あ……クライスさん」
「フォークさん! そんな、目を赤くして……」
 もらい泣き、と横を向く兄を指差して、フォークは笑った。
「本当は、一般人の立ち入りは禁止ですのよ」
 と、思わぬ方向から声をかけたのは、ウェーブのかかった金髪の少女だった。
「通信課の大佐がまた勝手に許可して……頭が痛いですわ」
 はぁ、と少女はため息をついた。
「メリテェアさん、その」
「お見舞いでしたわね。まだ仕事始まりまで時間がありますし、わたくしは邪魔にならないよう――」
「あの、その、軍人さん」
 少し怯えの入ったフォークに、メリテェアは目を細めて笑う。
「メリテェア・リルリアですわ。リザさんにはわたくしもお世話になりましたの」
 にしては来るのが早すぎる、とクライスの暗部で鍛えられた勘が告げていた。
「依頼内容も怪しかったですのに、だめですわね、時間が足りなさすぎました。いい方を、亡くしました」
「すみません、オレのせいで……」
「遺体もない、ときいてます。なら、そうなのでしょう。キルアウェートさんが嘘をついてなければ、ですけれども」
「証明ができないので……申し訳ない」
 同じ、世話になった者同士、通じるものがあったのだろう。
「しょ」
「クライス、状況くらい読みなさい」
 詳しく知りたい、そんな渇望をクレインは肘でつついて止める。
「わかったよ」
 と小声で返した。
「キルアウェートさん。あなたの今後ですが、通信課配属はそのままに、基礎訓練には参加していただきますわ。今回の件、不可解なことは多いですけれども、調べても無駄なら、あなたが力をつける必要があります」
「いいんですか?」
「お兄ちゃん、寮に入るの?」
「早起きされるなら、家からでの通勤でも構いませんよ?」
 ふわり、と白の制服が似合うメリテェアが笑う。安心させるように。
「大佐より、こう見えても階級は上ですのよ」
 ふふっと、おかしそうに笑って、彼女は出ていった。
「お兄ちゃん……大丈夫?」
「ああ。寝不足だけどな」
「首、絞められたってきいたが」
「ベルドルード、心配して……ってわけじゃないか。概ね、フォークがいるから来たんだろ?」
「あ、ああ、フォークさん、何も持ってきてなくてすまぐはっ!」
「無事な男の子に何いってんの馬鹿兄」
 金髪の兄妹を見て、ははっ、とツキは笑った。
「仲がいいんだな」
「クレイン・ベルドルードと申します。事務系の仕事をしております」
「で、その兄は、どうして止まっているんだ?」
「おと、こ? の子? フォークさん、え? え?」
 盛大に、人生最大の混乱をしていた。
「うん。ぼくは男だよ、クライスくん」
 赤い矢印を抱きながら、フォークは肯定した。
「いや、うん、おれは正常だ。じゃあ、あの、エプロン、は?」
「お父さんが残してくれた、大切なものだよ。料理は得意だから」
 えへんを胸を張る。
「フォークは父さんの服ならなんでも着るんだ。男女問わず」
「それが、お父さんのためだから」
 その痛みに、クライスは目を見開いた。
「そう、か……」
「ねえ、どうせだから、フォークって呼んで、クライスくん」
「えっ!」
 頬が赤く染まっているクライスは、その真っ直ぐな瞳に耐えきれないというように目をそらした。
「おれの勘違いで、えっと」
「男は、嫌い?」
「「それは誤解を招く言い方」」
 クレインとツキの声が揃った。
「いやっ!」
 国を守ること。それは、性別など関係ない。
 好きになった人が例え同じ性別だとしても、誰が否定するだろう。
「それじゃあ、フォーク、これからも、よろしくな。困ったことがあったら、いつでも呼んでくれ」
「私も、クレインでいいわ。ツキさんも、フォークくんも」
「あ、クレインちゃん。あの、教会の時はありがとう」
「え、ええ」
 何か言いづらそうに答える彼女に、フォークは首を傾げた。
「二人とも無事で、良かったわ」
 フォークは微かに感じた違和感を飲み込むと、うん、と破顔した。
「メリテェアさんとも、仲良くできたらいいなぁ」
「もう名前で呼んでいいと言われているんだから、良いだろ、フォーク」
「でもー」
「クレインは、メリテェアと仲良いよな」
「――馬鹿兄のせいでね」
 ん? と首を傾げる兄に、クレインは息をついた。



「カーテンコール中将、いかがされましたか?」
 賑やかな医務室から出て、メリテェア・リルリアは頭を下げて一礼した。
「キルアウェートに話を聞きに来たが、取り込み中のようだったからな。待っている」
「……お変わりになられましたね」
 数ヶ月前なら、見下して傲慢不遜だとメリテェアでさえ思った男が。
 部下が落ち着くのを、静かに待っている。
 本人と一度でも話をしたことがある者なら、その心境の変化に驚きを隠せないだろう。
「いろいろあったのだ。いろいろと、な」
 冷めた目は、何も語る気はないと告げていた。
「しばらくは、入れないと思います。時間はよろしいのですか?」
「なら、その時が来るまで待つだけだ。書類仕事なんて、すぐ終わるからな。話を聞く方が大事な時だ」
「失礼を、いたしました」
「まだ仕事も始まってない。畏まらなくていい」
 暇つぶしにはなった――そう扱われたのは不服を感じたが、しばらく医務室には入れないだろう。
「では、お先に」
「ああ、良い朝を」
 何を考えているのかわからない上官に、メリテェアは肝が冷えた。
 社会の闇のほうに身を置いている義姉、紅葉が、裏切り者を粛清したような時に見た氷の刃を思わせる男。
 噂では、軍人の暗部をカーテンコール中将が司っているともいうが、何があったのか。
 本人は、頑として語ることはない。



「うぅー、お腹空いてきたよ、お兄ちゃん」
「えっと、確か食堂あったよな。そこで朝飯食べられないかな?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。ってことで行くわよ、馬鹿兄」
「フォークさ――いや、フォークも食べてってこい。それ――って、え?」
 クライスはドアを開けて、硬直した。
 なぜ、という顔に、フォークはなぜか胸の内からいてはいけないものがいると感じ、ツキも同様に感じていた。
「中将――どうしましたか?」
 さっと、クレインとクライスは敬礼する。
「いや、気になることがあったのでね。キルアウェート軍曹に確認したいことがある」
 その目は、口元と違って笑ってはいなかった。
「同行した軍人が行方不明で、君だけが生き残った。なぜだ? 今まではそんなことはなくてな」
「それは、申し訳ありません、記憶にありません」
「答えられないことでもなく、血筋に関することでもない、と解釈していいかね?」
「――カーテンコール中将。それは」
「今まで行方不明となった軍人は多い。その片方だけが無事に戻った。確認は必要だろう」
「それは、わかりません。首を、絞められたのも覚えがないんです」
「では、『神』に心当たりは?」
 その場にいた四人は、首を揃って傾げた。
「すまない。知らないならいい。手間を取らせた」
 そう言うと、中将は己の部屋へと戻っていく。
「……なんか、人が変わったよな」
 ぽつり、とクライスがつぶやく。
「あの人は、いちゃいけない人だよ」
 なぜか、矢印を抱きしめているフォークが強く言い切る。
「だって、よくわからないけれども、気配がおかしいもん」
「『神』……」
「とりあえず、食堂に行きましょう」
 着物姿の女の姿を思い浮かべながら、ツキは最後尾でクライスとフォークについて歩く。
 あれが『神』だとしたら。
 薄っすらと残っている記憶。
「シーザライズなら、詳しいこと知ってるかもしれない」
「あの人から神なんて言葉出るなんて信じられない」
 と、考え事を中断するクレインの声に、ツキは彼女を見下ろした。
「前なんて、女なら誰でも手を出そうとした変態って陰で噂流れてたんですよ。それが今じゃ、奥さん捨てて愛人に走った女の敵ですよ?」
「そうなのか」
「ツキさんも、あまりあの人には関わらないほうが良いですよ」
 善処する、と答えると、それでいい、とクレインは微笑む。
 年相応の笑みに、ここが軍隊の務める場所だと忘れてしまう。
 そのことに苦笑いしながら、ツキは『神』について、考えていた。



 その出会いは、偶然だと言うべきか。
 それとも、運命と言うべきか。
「あら?」
「どうしたの、リアさん!」
 金髪の女性と、幼さ残る少女が、こちらに向かってきていた。
「あ、あの人、助けてくれた人だ」
「ああ、有名な人だよ。なんでも、あのグレンとかいう人たちと相性いいから班として行動してるって噂だ」
「クライスくんは物知りだねー」
 暗部ゆえに、表側のことを共有している――とは、さすがにクライスも言えない。
 この司令部の暗部は、翻って国の暗部。
 表では馬鹿やっていても、ひとたび命が下ればどんな者でも殺す。親しい仲間でも、家族や友人でも。
 とは、父の教えだとクライスは今頃ワイドショーに夢中な父を思い、心の中でため息をついた。
「お早う」
「はい、お早うございます!」
 フォークは必死に、笑顔を作る。
 軍人に殺された両親のことを、未だに引きずっているのだ。
「えっと、こんな朝早くから軍に依頼?」
「違うんじゃないですか―? ここに来た、ってことは、朝ごはん!」
 的を得たり、と少女が指さした。
「あ、ああ。それじゃあ」
「クライス、知り合い?」
「いえ、何度かすれ違ったことはありますけど……」
 とはリアの言。
「オレはクライス・ベルドルードです。こっちが妹のクレイン。あの背の高い男がツキ・キルアウェートで新入りで、こっちが一般人で――」
「弟の、フォークです」
「フォークくんというのね。持ってる赤い矢印は?」
「えっ! あ、持ってきちゃった」
 というか、フォークから離れる気はないらしい。
「えっと、ベックーです。ってあ!」
 紹介した途端、その矢印はフォークの手を振り払いたたたたと意外と早足で逃げていった。
「ええー」
「くすっ、面白いわね」
「リアさん、気になるから追いかけていいですか?」
「だめよラディアちゃん。それに、グレンさんたちにも呼ばれてるんだから」
 ごめんなさい、と言って、二人の後ろ姿を見送った。
「フォーク、大丈夫か?」
「ベック―、探さないと!」
 ついさっき名をつけたばかりなのに、愛着がわいてしまったのだろう。
「ねぁ―並みに謎の存在だな、あいつ……」
 とクライスが感想を述べる。
「馬鹿兄、さっさと朝ごはん食べるわよ。始業まで時間がない」
「あ、そうだった! さて、行こうか」
 そう答えて、クライスを追いかける形で、朝の食堂へ向かった。



「昨日の事件の依頼主、調べないって本当? カーテンコール?」
「ああ。意味がないことをすることはないだろう、スピードスター」
「まあ、消えた、と表現するほうが正しいってことですか」
「そうだな、ネームレス。そっちの名のほうがいいだろう」
 何事も手のひらの上。そんな錯覚を持たされるほど、カーテンコール中将は人間離れした雰囲気を纏って告げる。
「軍人の行方不明者は毎年何人も出ているが、今回は特別なケースだ。消えた片方が何かをした。そう考えるのが自然と思うが……」
 ちらりと、集まった面々を見る。
「『神』が関わっているなら、依頼主も調べたほうが良いってことでいいか? 考えるのは面倒臭くてな」
「キルストゥの一族か、一部の特殊な人間しか滅ぼせないもの、それが通称『神』か……あまり信じたくないな」
 ネームレスの呟きに、カーテンコールはおかしそうに笑った。
「そうだな。だが、現実、いなくなった軍人は少なくはない。一般人もな。二人にはリザについて調べてほしい」
「上官命令でしょー? 当然やり遂げるさ。長く務めてた女だろ?」
「いや、リザのほうは俺が調べよう。何も出ないと思いますが」
「それならそれでいい。そもそも、『神』が相手だった可能性が高い」
 それに、昨日は星座がはっきりと形を結んだ、と心の中で呟いた。
 だがそれが突然途絶えた。
 その意味を考えると、あの場にいたツキ・キルアウェートが何かをしたと考えるのがふつうだ。
 出ていく二人を見送り、カーテンコールは目を閉じる。
「依頼主、シーザライズ。大したことはないと高をくくって、まだ身の程知らずなキルアウェートを奮い立たせた。そんなところか」
 答えなど見えていた。
「さあ、キルアウェート、泣いてくれ。大地は怨念に満ちている。お前の青の清き光なら、それらすべての目論見も世界の循環に還すことができるだろう」
 そう言って、カーテンコールは笑う。
「無数の並行世界に現れた異物たちも、そのために存在しているのだから」
 男は、誰に見られても構わないと笑う。
「大地の神は、生きている人間を愛しているのだからな」
 怨念は、連鎖する。
 だからこそ、浄化できる存在が必要で。
「軍人をやめるなど、ありえないだろうしな」
 そのための布石は打ってある。
 それが彼らの出会いへと、連鎖させるのだ。
「今代のインフェリアと縁を結ばせるのも面白いだろうな」
 怨念渦巻く世界を、愛する生きた人間を食らうそれらを、カーテンコールは許さない。
 使えるものは小石だろうが、使う。
 人ではないがゆえの、歪んだ愛情表現は、いつしか自らを犯すだろう。
 それでも、構わない。
「赤の破壊も、いつか見てみたいものだ」
 勘のよい少年を思い出し、目を細める。
 赤と青のキルストゥ――キルアウェート兄弟。
 彼らを駒とするには、まだ足りないものが多すぎる。
 故に、カーテンコールは諦めない。
 揃っていないなら、出会わせればいい。
 人と人の絆こそ、『神』を生み出す怨念を消しさるものなのだから――。



「あ、ぼく学校行かなくちゃ!」
「休んどけ。連絡はしとくから」
「でも、リタルさんたち心配しちゃうんじゃ……」
 食堂でご飯を済ませた後、フォークは慌てた様子で兄たちの様子を見やる。
「フォアさんあたりは家で途方に暮れてそうだな」
「あわわ、鍵してるけど、どうしよう」
「って思ったから来たが、元気そうだな、ツキ、フォーク」
 不意に降ってきた声に、キルアウェートの二人は顔を上げ、クライスは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「シーザライズ……」
「フォアに頼まれて、フォーク迎えに来たぞ」
「まだ中には入れないはずだが」
 硬い声音だが、彼は気にもとめない。
「誰?」
「えーと、おれに一発くれた人」
 クライスはそっぽを向きながら、言う。
「すみません、馬鹿兄がご迷惑をかけてしまって」
「いや。てかお前、姉いたんだ」
「クレイン・ベルドルードです。妹です」
 即座に訂正し、クレインはシーザライズを見つめる。
「あなたは? 軍人ではないみたいですが」
「ただの傭兵だ。今は、この兄弟の護衛を頼まれてる。まあ、ツキには、悪いことした。すまなかった」
「……オレの、せいですから」
「他人のせいにするってのも、時にゃ必要だぞ」
「シーザライズさん、お兄ちゃんになにかって、えーと猫ではないのですが」
「学校行くだろ? もう時間だ。俺も勝手に入ってるから見つかると面倒なんでな。それじゃあな」
 ひらひら手を振りながら、シーザライズは背を向けてフォークを見た。
「軍人嫌い、治ったのか?」
「ううん。ぼくはやっぱり、まだ、許せないんだと思うけど……たくさんいる場所なら、ちょっと緊張しちゃうだけみたい」
「難儀だな」
 うん、とフォークは振り返る。
「食器はツキでも下げるだろう」
「ぼく、怒っていいんだよね、シーザライズさん」
「ああ。『神』がまさか関わってるとは思ってなかったのは、俺のミスだ」
「散々、泣いたんだからね、もらい泣き」
「叩いても良いぞ」
「お兄ちゃんしか、ぼくにはもういないんだから……」
「そういうもんだよな、普通」
 ふと、玄関を堂々と出て、シーザライズは朝陽を浴びる。
「俺はレリアの殺害を見て、彼女の技量に魅入られた。だから、彼女を助けようと思った」
「……人を、殺しても」
「しかも友人の王族だったんだ。殺されたの。でもな、俺も孤立してたから。あいつを支えると決めたんだ。馬鹿な話だろ?」
 シーザライズは、後悔してるのだろうか。
「フォークは、幸せな、日常に生きてたんだ。すまないな、両親を守れなくて」
「シーザライズ、さん?」
「まあ、キルストゥ姓をそのまま使ったのも問題あるからな? 父親の家と縁切ったとしても、別の姓くらい名乗れたんだから」
「お母さんに言ってよー」
「ははっ、元気、出たか?」
「……うん。学校では寝ちゃうかも。でも、気持ちはすっきりしたよ」
「ツキは、これからたくさん、人の死を見ると思う。軍人といっても、ここは犯罪事件も多いからな」
「そうだよね……」
「前線には行かないだろうが、今回みたいなことがないとは限らない。心構えはしっかりしとけってな」
「嫌な役割、回しちゃった?」
「子供はそういうこと知らなくて良いんだよ」
 言うが早いか、シーザライズはフォークの頭をくしゃくしゃにした。
「ほら、一度家に行くぞ。フォアなんて気が気じゃなかったんだからな」
「元凶なのに……」
「なんか言ったか?」
「ええっと、ううん、なんでもありません」
 怒気のこもった声に、反射的に反応した。
「いや、本気で怒ってるわけじゃない。でも、クルアあたりには話しといたほうがいいな」
「迷惑かけられたから、今日のシーザライズさんのご飯は抜きです」
「ははは……すまん。あいつのところで食うわ」
「刃物屋さん? 店主の若いお兄さんも困ってるから、あまりいじめちゃだめだよー」
「……何か、感じることはなかったか?」
「ううん?」
「ならいい。あいつは関係ないなら、いいんだ」
 意味がわからないというフォークに、シーザライズは笑う。
「それより、早く家にいかないと、遅刻だぞ」
「あー! 走るー!」
 遠くなる背中を見て、レリアも大きくなったなら、彼くらいには育っただろうと思う。
「本当に、似てるな」
 もし彼女が生きていたら。きっと。
 そんなもしもを考えながら、シーザライズは足早にフォークの後を追った。
 彼の未来は、どうなるだろう?
 そんなことを考えながら。