復活する味は薬を超えて

 二度目となった、ウィンストンがアポを取ったギルの家。
 まだレジーナ――首都に近いがために、そんなに珍しい料理もないだろう。
「いももちが本当だったかわからなかったしね~」
「ええ。騙されてた可能性が高いです」
 ウィンストンの横顔を、後ろ手に回しながら料理記者はその横顔を眺めた。
 そして、昨日と変わらぬ家を見上げ、足を止めた。
「ここね~」
「メールで後からフォークたちも来るように言っといたから、先にいっちゃおう」
 と、意気込むウィンストンを見守りながら、そうね、と茶髪の少年と黒髪の女性は思う。
 そよ風が気持ちのいい午前中、ウィンストンを見ていると、彼女は懐かしさが込み上げてくる。
「ふふ、先輩とは違うのに、どうしてかしらね?」
 無鉄砲なところが似ているのかもしれない。
 昨日、違法薬物の混じった料理を味見しても、怖気つかないところとか。
 比べようと思えば、どこまでも似ている部分が見えてくる。
「すみませーん、ギルさん、メールしてたウィンストンですー」
 ノック音に、ぎいっと扉が開く。
 相変わらず、やつれ気味の顔の男だったが、目は歓迎の色に染まっていた。
「君もなかなか元気な子だね」
「いえ、これくらいしか取り柄もないので」
 にっこりと笑みを浮かべ、ウィンストンはギルの手を握る。
「軍人、聞き込みに来たりしませんでしたか~?」
「午後に来ると通達がありました。なので、午前中はフリーです」
 あっさりと答えながら、彼はウィンストンたちを中へ案内する。
「憑き物が落ちたみたいね~」
 ウィズベットの呟きは、風がさらっていった。



 ギルの部屋の中は散乱していたが、違法薬物などの小物が玄関にまとめて置かれ、罪を認める覚悟があるのが伺えた。
「……ここの町、どうなるんでしょうね」
「軍人さん方の采配次第ね~」
 ウィズベットはさらさらとメモ帳に書き連ねながら、ギルを見る。
「いや、きみたちが来て、あいつらから開放されたと聞いて気分は晴れたよ」
「え?」
 ウィンストンが瞬きを繰り返す。
「もう、あいつらの命令に縛られることはない――軍に捕まるかもしれないってことはありそうだけどね」
「町一つ分の収容所はないと思います~」
「だといいんだがね」
 そうして、お邪魔します、とウィンストンはゆっくりギルに勧められて椅子に座る。
「車椅子の子ともう一人の子はどうしたのかな?」
「彼らなら、今はお呼び出しです~。勝手にここに来るようには言ってます~」
 良かったですか? とウィズベットは首をかしげて問う。
「お昼前までにはきてもらいたいね」
 痩せていても、昨日とは違って、ギルの表情には明るさがあった。
「と、いうわけで、ここの郷土料理とか、他じゃマイナーな料理とか教えてください! 昨日のやつとか!」
「きみはどこ出身だい?」
 まあ、レジーナからすぐの町に、すぐそばからやってきたのだから他国と思うわよね~とウィズベットが微笑む。
「こう見えても、レジーナの料理学校から来ました!」
「中央なら、なおさらここの味なんて」
「昨日食べたやつ、中央じゃあお店にでもいかないと食べられない料理でしたよね?」
「そうそう、気になるわよね~」
 と、ちゃっかりメモ帳にウィンストンたちのやり取りを記入しているウィズベットが、ニヤリと笑う。
「お店のほうがいいと思うんだが」
「でも、ここが出身の料理なんですよね? 中央じゃ見ない飾付けされてましたし」
 目をらんらんに輝かせて、ウィンストンはギルの主張を押し切る。
「オレ、将来料理人目指してるんで、毒物以外ならなんでも作れるようになりたいんです!」
「地域によって、味付け違ったりするものね~」
「わかった。わかったから、一緒に作るかい?」
「いいんですか? 秘伝の味とかあったりしませんか?」
「ウィンストンくんったら張り切ってるわね~」
 ギルはかなり押され気味で、未来ある少年の思いを受け止めた。
「わかった。あと、あくまで我が家の庶民の味付けだよ。美味しいかは保証できない」
「いえいえ、昨日薬物なかったら店開けるほどの腕前でしたよ」
 あまりにも眩しい、真っ直ぐな瞳に、ギルは目を見開く。
 純粋に、そして迷いなく台所へ向かうウィンストンの後ろ姿は、ギルには眩しかった。
「若い、いい子だな」
「大人じゃ出せない行動力と~、無茶を押し通す図太さは若さの特権ですね~」
 ウィズベットとギルは、ギルさーんと呼ぶ料理人の卵へ、歩き出す。
「大人とは、別物だな」
「ですね~。それが面白いんですけれどもね~」
 メモ帳を取り出しながら、ウィズベットも仕事の説明をする。
 了承を得た彼女は、長い編み込んだ髪を撫でる。
「昨日のいももちは、脅されて用意した一品だから、別のものにしよう」
 憑きものが落ちたギルはウィンストンたちを見て考えていた料理のレシピを思い返す。
 そして、ウィンストンが素直に従ってくれる安心感とともに、料理の材料を冷蔵庫や棚を見て選んでいく。
 調味料と野菜と鶏肉を取り出し、台所へそれらを並べた。
「仕込みってないんですか?」
「この料理は、調味料の粉の配分が命なんだ」
 と、語る二人の言葉を風のようにポイントを押さえて書き綴るウィズベット。
 ああ、久しぶりの感触だな、とウィズベットは目を細めた。
「あの、もしかして昨日とは違うものを全部作るんですか?」
「そうだよ。昨日の料理は全部、違法薬物を混ぜたからね。それに、ふつうの家庭料理だった」
 ふむ、と料理人見習いの少年は、まな板の食材を見て納得した後。
「毒見しとけばよかった……」
「あはは……変わってるね。でも、こんなにまっすぐ指摘されると、やっぱり悪いことはできないなと思う」
 ギルは粉をウィンストンに混ぜさせながら、手を洗う。
「軍に通報はしたのでしょう? あの軍人もどきたちが来た時に」
「最初はね……町中で反対したんだが……人を銃で殺されてからは、大人しく従ったのさ。奴隷のようにね」
「うむむ、相手が酷い連中だったんですね」
 ギルはウィンストンの作った粉類を見て、鍋を取り出し切っておいた野菜を煮る。
「ここ以外にも組織があるようなことは言っていたよ」
「あら、それは初耳~」
 ウィズベットが味見しようと小皿を勝手に取り出しながら、問う。
「複数の裏社会の長……軍人のスパイもいるでしょうねぇ~」
 のんびりとした言葉使いだが、内容はあってはならないものだ。
「あとは灰汁を取って……」
「料理って、だいたい同じ手順よね~」
 と、料理記者あるまじき言葉を発した。
「いや、料理によっては大きく違うぞ? オーブン使ったりフライパン使ったりで」
 半ば呆れ気味のウィンストンに、彼女はあはは、と笑った。
「いや~、ほら、わたし、元政治記者だったので、自炊とかする暇もなかったの~」
 誤魔化すように笑う彼女に、ギルは息を呑んだ。
「それはなかなか大変なお仕事ですね」
「左遷で料理記者になっちゃったんです~。今回の旅の護衛もとい、勉強は友人の頼みと一緒に勉強のためでもあるんですけどね~」
「なにかぽかしたの?」
「ふふっ、そこから先はお代いただく話よ、ウィンストンくん~?」
 なにか触れてはならない部分に触れた気がして、ウィンストンは鍋に視線を戻した。
 ――そういえば、ウィズベットのことはそんなに知らないな、と。
「あの、ウィズベットさんって、どんなケーキ好きですか?」
 出てきた言葉に、ウィズベットのみならず、ギルも目を瞬かせた。
「うーん、甘ったるすぎなければなんでもおっけい~」
「ひ、広すぎるな、それ」
 ウィンストンは後悔しかけたところで、ギルが鍋を火から下ろした。
「その話題は食卓で詳しくしよう」
 まだはっきり生気は戻っていないが、明るい展望が見えたギルの瞳に、ウィンストンは反射的に頷いた。



「ねえ、セプテットちゃん」
 速度がつきすぎないように車椅子を下りながら、フォークは眩しい天気の下、不機嫌そうな声を出した。
「どうかした?」
 セプテットは気付かれないよう、前を見ながらも鋭い瞳で、前を見る。
 様子の変化には気付かぬまま、フォークは言葉を紡ぐ。
「噂で聞いたことない? レジーナには中央司令部と離れた場所に、もう一箇所、規模は小さいけれども軍直下の施設があるって」
「……どこから聞いたの? 司令部になにかあった時用の、臨時施設があるって。一応、軍事国家だけれども、王が失踪してからできたとか都市伝説よ、軍人でもそうそう知ってる人はいないけれども」
 フォークは中央司令部の近くの商店街を抜けた住宅街暮らしだったので、目を見開く。
「そんな話、初めて聞いたよー」
 車椅子を制御しながら、フォークは数々の事件を思い浮かべる。
「西司令部でも同じような所があってね。あっちは完全に別の部隊用で、そもそも町中どころか全然遠い場所にあったけれど」
「東や北もそうなのかな?」
「でしょうね。もしも、を想定するのは当たり前よ」
 西と同じように、偽装している可能性はある、とセプテットは付け加えた。
「あのハゲ頭の軍人、大将――めっちゃ偉い男よ。フォークは中央司令部に出入りしたことがあるって聞いたけど」
「初めてみたよ」
 それに、一度見たら忘れられそうにない、がたいのいい男だ。
 何年も現役でいられそうな、そんな人に見えたな、とフォークには感じられた。
 戦闘面でも、フォークは簡単に倒せそうにはない人だな、と。
「私も、彼を見たのは初めてよ。中央司令部本部で見かけることはなかった」
「え、あ、そっか。セプテットちゃんはあの爆破事件のときに来たんだっけ」
「直前ね。西部から中央まで追ってた奴を捉えたけれども隊長が打たれて病院行きで手が空いたときに、巻き込まれた」
 淡々と、恨みを込めて語る彼女にフォークは苦笑する。
「犯人逃亡なんて、無能だとは思うけれどね。軍人も」
「怪しんでる人もいないの?」
「なんか光が一瞬見えたって目撃証言なら山とでてきたけれど」
「……うん。そうだね」
 ぎゅっと取ってを強く握る。
 去り際の兄を思い浮かべ、フォークは気付かれないよう深く息を吐いた。
「さて、急ぎましょう。ギルって人、信用していいのかしらね」
「ウィンストン先輩がいいって言うなら、大丈夫じゃないかな」
 なぜか、あの人は嘘を見抜く力がある気がした。
 そう、本人も無自覚な、味覚で毒を見抜くように、言葉の毒を見抜く力。
 買いかぶりかな、と思いながら、フォークたちは軍人が闊歩する住宅街へ入っていった。



 ぐーっと、二人仲良くお腹が鳴った。
 正午前のギルの家の呼び鈴が鳴る。
「はぁ、散々迷ったわね、フォーク」
「つ、疲れたよセプテットちゃん」
 息をつく二人を、嗅覚が先に察知する。
「お、これは?」
「どうぞ、二人とも」
 先日よりも明るくなった声音に、フォークは胃が空っぽなのも忘れて顔を上げた。
「ギルさん! 昨日より表情良くなってます!」
「お帰り、フォーク、セプテット」
 と、カラフルな丸の模様のミトンを付けたウィンストンが、微笑んだ。
「帰りが遅いから、心配したぞ。軍に捕まったのかと」
「別にウィンストンくんの家じゃないでしょ~」
 と、丸く深い器に、スープをついでいくウィズベットは、髪を後ろに垂らしていた。
 エプロンは黒だったが、似合っている。
「配膳くらいしかできないからね~」
 ウィズベットはテーブルの上に昨日の再現をするように、料理を並べていく。
「小さいパンに、野菜サラダ……苦い物ないわよね?」
「どっちの意味かはわからないけれど、にんじんとレタスときゅうりのサラダだよ」
 それに毒を入れるなら、スープのほうさ、とギルは苦渋の表情をした。
「ならいいわ」
 と言いながら、車椅子ごと食卓のテーブルへ向かう。
「広いですね」
「椅子を一人分撤去しただけなんだけどね」
 ギルは申し訳なさそうに呟くと、セプテットは微笑んだ。
「その心遣い、感謝します」
 そう言って、頭を下げた。
「――いや、そうされる理由は」
「人としての節度は持っている。それで十分、償いはできると思う」
 それさえできなかった人が多すぎたから、と付け加えるように、セプテットは遠い目をする。
「よし、と。固定したし、セプテットちゃんはこのままみんな揃うまで待っててね」
 やりとりより車椅子のやり方に四苦八苦していたフォークは頭を上げた。
「さて、昼食という時間になっちゃったわね~」
「フォークが迷うから」
「セプテットちゃんも覚えてなかったじゃん!」
 と言いながら、それぞれ適切な位置に座り込む。
「では、改めて感謝を込めて招待させてもらう。ウィンストンくん一同、ようこそ、我が家へ」
「こちらこそ、招待いただき誠にありがとうございます!」
 もう、ここには温かな団らんができあがってきていた。
「それじゃあ、改めていただきます!」
 と、ウィンストンが口にスープを運ぶ。
「うん、この料理の名前ってあります?」
「カーナ・ジュエルという。宝石みたいな味がするというが、レジーナにもあるのでは?」
「いえ、ここ特産品の調味料がないと、この味の甘みに似た深みは出せませんよ」
「よくわからないけれども、食べたことはないわね」
 セプテットの言葉に、ギルは頬を赤らめた。
「そう、かな?」
「はい。ぼくもこの味は初めて出会いました。庶民の料理しか、食べてないのですが」
 フォークも頑張って料理人の真似事をする。
「ふふっ、盛ったかいがあったわね~。この調味料、けっこうお高くて貴重品なのよ?」
 とはウィズベットだ。
「さすが、料理雑誌の記者は詳しいのね」
 セプテットが感心した言葉を返す。
「しかし、昼過ぎにはこの町から出る予定だから、急がないとな」
 ウィンストンの言葉に、一同は一瞬固まる。
 ギルが申し訳無さそうに、すまない、と小さく呟いた。
「軍が悪いのよ軍のスキンヘッドが」
「地図がなくて迷った時間のほうがながぐほっ!」
 真相を明かそうとしたフォークの口へ、セプテットは遠慮なくスプーンを突っ込んだ。
「ここはどうして入り組んでるんですか?」
 何事もなかったように呟くセプテットへ、ギルは料理を食べる手を止める。
「住宅街は、非常事態が起きたときに外敵から守るために、ちょっと地図がないと迷いやすくしてるんだが」
「裏目に出たってわけか」
 セプテットがため息をつき、フォークも難しい表情を浮かべた。
「それって、ウィンストン先輩かウィズベットさんが迎えに来てても良かったのでは?」
「ウィンストンくんならともかく~、無理よ~」
 と料理記者はメモを片手に食卓の様子を記録していた。
「器用ですね」
 ギルが心底感心したといわんばかりに呟く。
「記者の先輩たちからいろいろ伝授されたことです~」
 にこっと無垢な笑みを浮かべながら、ウィズベットは料理に目を向ける。
「おかわりが欲しいけれど、時間がないんだよね」
 肩を落としたフォークに対して、ウィンストンはああ、と手を打った。
「ギルさん、満足なお礼もできないので、これ、受け取ってください。少額ですが、謝礼です」
「いやいや、受け取れないよ」
「迷惑料ってわけね。抜け目がないわね」
 食事を終えた車椅子のセプテットが、冷ややかにウィンストンを見つめる。
「危険薬物を食べさせようとした人間に、お金は必要ないよ」
「メールに謝礼はしますって書いたの、忘れてます?」
 ウィンストンがちらっと部屋の隅にあるパソコンを見る。
「わかった、わかった降参だ。お金は受け取ろう」
 茶封筒にいつ入れていたのか、ウィンストンは数枚のお札を渡していた。
「なんだか、悪いね」
「押しかけたの、こっちなんで」
 話がまとまる頃には、皆皿を空にしていた。
「美味しかったわ~」
「まあ、携帯食よりはましね」
「セプテットちゃん、それは失礼では?」
 きっと目を吊り上げて、フォークを睨みつける。
「ははっ、料理はお口に合わなかったか!」
 否定されたというのに、ギルは心が軽くなっていた。
 この数年、薬で人を狂わせてきたがゆえに、味の感想をもらうことが新鮮すぎた。
 そう、頬につうっと熱い線が通じるかのように。
「美味しかったです、ギルさん」
 心の底から満たされた表情で、ウィンストンがスプーンを置いた。
「肉も肉自体の汁がソースと絡まって肉の味を飽きさせないし、サラダもこの土地特有のドレッシングが大胆に甘い代わりに」
「ウィンストン、そろそろ行くわよ」
 目に星が入ってるウィンストンをセプテットが止める。
「もう時間ないんでしょう?」
「また来ます」
 立ち上がったウィンストンは、呆けているギルの手を握る。
「今度はオレが、腕を上げて用意してみますので、それまでこの町、再興してくださいね!」
「うん、応援してます!」
「できるわよ~? でも料理の記事はできないか~」
「そう、ですよね」
 ギルの顔に影がさす。
「ここのことは料理の話より事件の記事のほうが優先されちゃうのよね~」
「それは、仕方がないことです」
「なら、オレが再現して、ウィズベットさんが記事にすればいい!」
「おお、先輩がいきなりいい案出しだした!」
「でも、町の話は避けられない。んじゃないの?」
「ふふっ、オレが自作したことにすればいいんだ!」
 どんっと胸を叩いて、ウィンストンが言い切った。
「え?」
「ああ、そういう抜け道ね~。それなら、記事もちょっと手を加えれば、問題ないわね~」
「あんたの記事、それでいいの?」
 セプテットの疑惑の目に、ウィンクでウィズベットが返す。
 編んだ黒髪を揺らしながら、ウィズベットは顔を上げた。
「ねー、時間じかんないよー!」
 セプテットの車椅子の取っ手を握りながら、フォークがアホ毛を揺らしながらむーっと頬をふくらませる。
「ギルさん、また今度、会いましょう」
「刑務所かもしれないよ?」
「それでも。必ず行きますから」
 ウィンストンが食器の片付けを手伝えないことを謝罪してる間に、フォークたちは荷物を背負い終えていた。
「それでは、また会えると願ってます!」
 まるで太陽のような美しい笑みに、ギルは町の長い夜が開けたと錯覚するほどのことだった。



 人気がいなくなった一人きりの室内は、まるで祭りの後を思い起こさせた。
 ギルは、窓から入る光を浴びて、椅子に腰掛けた。
「まったく、嵐のような彼らだったな……」
 指先でとんとん、と先程までいたテーブルを叩く。
「町も軍人におさえられて、きっと、もうここには戻ってこないだろう」
 でも、心残りはもうない。
 ギルは、立ち上がると窓辺へ向かう。
 幼い軍人たちの姿が見える。
 ここからは駅へ向かう人々は、見えない。
「……ありがとう」
 招いた四人の姿を思い浮かべながら、ギルは瞼を閉じた。
 と同時に、死刑宣告のように、家の呼び鈴が鳴った。