宴の後始末

「ふーん。フォーク・キルストゥとセプテット・キルストゥがいるのか」
 スキンヘッドの上官は、にやりとほほ笑みを浮かべながら、朝食に行かせた部下たちとは反対に、軍人の詰め所でその名を呟く。
「たしか、魔、神だかを祓う一族だったな。セプテットは西の管轄だが、遊撃隊のせいで中央の仕事を任されたか」
 にしても、と朝日を浴びながら、彼はフォーク、と呟く。
「古い書類上じゃ、ツキ・キルストゥの正式な弟だ。軍内部だけならともかく、雑誌にキルストゥ家族の死亡事件が起きてて、生きていたのはツキ・キルストゥとその弟、フォークだったはずだな」
 その後の行方は知らない。が、軍の書類に不審点がいくつかあることを、暗部の人間でもある彼は見逃さない。
「弟は軍嫌いなのに、軍に出入りしていた。ベルドルードと仲がいいからだとは言うが、兄もいたんじゃねえか?」
 そう思えば、銀髪の男の班が知り合いがいた気がするというので、その言葉を信用して招集をかけた。
「あのインフェリアも戻ってきたくらいだ。無関係ってこたあねえだろうな」
 にやりと、男は真実への道を一歩づつ、歩いていた。



「ごちそうさまでした」
 手を合わせ、夕食に感謝を述べて、フォークたちはホテルの食堂を後にする。
 ギルの件があったため、警戒はしていた。
 が、ここは敵も使ってたようだし、味も変ではないから食べても問題ないとウィンストンのお墨付きが出た。
「定食おいしー」
「こらこら、勉強に来てるの忘れるなよ」
 と味に頬を落としているフォークに叱咤しながら、ウィンストンたちも各々、味わいながら肉料理やサラダを口にする。
「この旅はこんな美味しいものを食べるのね」
 と、軍人で護衛の茶髪の少女、セプテットは車椅子のまま食事を続けていた。
「軍人さんも大変ね~」
 とは、料理記者のウィズベットだった。
 ゆっくりとした時間は、先程までの命のやり取りが嘘のように終えて、四人はそれぞれ移動する。
 ウィンストンが食後を示す札を置いて、フォークにばかりさせられない、とセプテットの車椅子のハンドルを握る。
 動かすのは大変そうなのを察してか、セプテットは自身も車輪を回していた。
 ウィズベットが補助いるのかしら? と首を傾げていたのは、見逃さなかった。
「おいしいご飯だったね」
 そんなやり取りがあったとはつゆ知らず、満足げなフォークが微笑む。
 食堂から出た彼らは、それで緩んだ空気となり、あとは次の日に備えて休むだけ、になっていた。
 セプテットは茶髪のくせ毛をいじって車椅子に乗りつつ、ウィンストンを誘導していた。
 その後ろをウィズベットがメモ帳にいろいろ書き込みしながら、フォークと楽しく会話する。
 彼はは、茶色のアホ毛を機嫌よく揺らしながら、エレベーターへ向かう。
「お前、よくこんな重いの押せたなぁ……」
「まあ、重いのは足がほとんどの原因だから」
 エレベーターの重量大丈夫なのかな、と思いつつ料理記者のウィズベットが、三人を微笑ましく見つめる。
 そんな四人は、すぐ近くのエレベーターへ乗り込んで、部屋までのボタンを押した。
「男の子と女の子で部屋分けてあるからね~」
「は?」
 エレベーターの中で、怒気を孕んだ声を落としたのはセプテットだった。
「ちょっと、どういうことよ!」
「どうもこうも~、さっきの事件で軍人くん匿ったときに決めちゃった★」
「いや、それ護衛……の必要、ないか。フォークが予想以上に強いし、ウィズベットを狙う輩はいないでしょうけれども、一応あなたも訳ありなんでしょう?」
「訳ありではないわ~。まあ、ちょっと秘密があるってだけ、かな~?」
 片目を閉じて、ウィズベットはそれより、とフォークを見つめる。
「それよりフォークくんは、勉強、座学もちゃんとしないとだめよ~?」
「そうだな。座学の成績は高校でぎりぎりって聞いたけど」
「うっ、そ、それは……」
「移動中は勉強だな、こりゃ」
 とは、先輩であり旅の企画者のウィンストンの嘆息だ。
「身体で覚えることもあるが、知識もないと立派な料理人への道は遠回りだぞ」
「は、はぃ」
 情けない返事に、先輩たるウィンスントは額を押さえる。
「喧嘩強いのはまあ、体力があるってことだから、悪いことじゃないぞ」
「喧嘩、ねぇ」
 誰にも届かないように、セプテットが彼の言葉を反芻し、噛み砕く。
 ――どう見ても、あれは喧嘩ではなく戦闘だ。それも、軍事絡みの、死んでもおかしくないこと。
 ウィンスントはずぶの素人だから、そう評価できてていい。
 だが。
「とんだ貧乏くじを引いたかもしれない」
「ん? セプテットちゃんどうかした~?」
 アガルタ――旅の発案者たるウィンスントの先生のつてでいるこの女性も、あの喧嘩どころか、戦闘を見て動じなかった。
 慣れている。ただの料理記者が、そうなるだろうか?
「ちょうど、頭痛がしたところ」
「熱でも出たのか? 解熱剤なら持ってきてるが、いるか?」
「いえ、ちょっと知恵熱ね」
 ポツリと呟いて、セプテットたちはエレベーターが止まったところでゆっくり降りる。
「じゃあ、また明日の朝ね~」
 ぽんぽんと肩を叩かれ、ウィンスントはウィズベットと車椅子の取っ手を持つ手を交換する。
「今日くらいは、男女に分かれてそれぞれ交流を深めていいと、思うわ~」
「フォークがあんなに強いとは思わなかったしな。夜中に襲われることもないだろう」
「私が突然呼び出しくらう可能性はあるけれどもね。まあ、あの弱気な軍人くんがなんとかするでしょう」
「じゃあ、他の客に悪いし……また、明日」
「ええ、また明日、おやすみなさい~」
 それぞれ、取った部屋が隣同士で、二人ずつ入っていく。
 疲労に満ちた、夜なのでした。



 男性部屋は、ベッドが三つ、そしてテーブルが一つあった。
「なあ、フォークは怖くなかったのか?」
「……えーと、銃なら、怖くないって言えば嘘になるけれど」
 んーと、口を人差し指で押さえながら、フォークは記憶の海を辿る。
 黒髪黒瞳、神々の遺産で身体強化されていた元暗殺者現農業大好き偉い人。
 後者ゆえに、暗殺者という仕事を捨てる覚悟を持てた、と教えてくれたのは、卒業後のスパルタ授業を受けたときだった。
 ――フォークくんは、護身術を殺人術に自然に変えてしまう、天然の天才です。
 ――それはキルストゥの赤の宿命のせいでしょうけれども。
 そう教えてくれた。
 ――だから、私も教えるのを命のやり取り、という意味で本気でいかせてもらいます。
 ――まずは遠距離武器の拳銃を実践で練習しましょう。
 ――ここの軍人さんとはちょっと親しくさせてもらっていまして。
 ただの農業人が、そんなことできるはずない、と悪寒が走った記憶がフォークにはある。
 ――集団で拳銃を使って襲ってくる相手への立ち回りを身体に叩き込みましょう。
 まるでケーキパーティをするような気軽さで、農業大好き元暗殺者、リタルは言った。
 黒髪黒目、黒ずくめの無駄のない上下の洒落っ気のない、だがそれ故に闇に紛れれば誰も見ることすらできない。
 それの計画に、内心フォークは恐怖した。
 自身に宿る力と、それを全て知りながらもそれ以上の力を持つ人の、狂気を。
 リタル自身は自覚すらしていない、一途さ故の狂気は、微笑みと紙一重なのだ。
 山の上にある農業用の家から町へ降り、軍人と話を数分でつけ、拳銃の銃弾――本物。それで、かすめていくもの、反射する弾丸に襲われた。
 致命傷になりそうな時はリタルの鋼鉄の糸――魔の残した特殊な加工が施してあるというよくわからんがすごいもの。
 それで最初は守られていた。
 が、どこからとんでくるかなど、勘だけでやっていたことが、何度か休憩を挟みながら、頭でも、身体にも染み込んでいくように理解できていった。
 ――やっぱり、戦闘に関しての物覚えの速さは赤の宿命なんですね。
 ――私でもここまではできないと思います。
 と、喜ぶべきか呆れるべきかわからない褒め言葉をもらったものだ。
 そして、今回のことは内密に、という言葉を軍人さんたちはもらっていた。
 数人、ではない。十人以上の拳銃を持った軍人が自身へ向けて、発砲していた。
 そして、それをやり遂げたリタルという軍人を懐柔できる、人と。
 その時のリタルの表情は、上官に叱られた時みたいだった。
 ただし。その後、どこでその弾丸を使い果たしたのか、と整備の人間に軍人たちが問い詰められたというのは別の話。
 フォークは、リタルの強さは知っているつもりだったが、戦闘以外の強さも――というか、半分脅しが入っていたような――学んでいた。
 目的の為なら手段を選ばない人。
 でも、そのおかげで今も生きていられてるのを考えると、フォークは胸が疼いた。
 意味不明なそれを振り払うように、フォークは笑った。
「鍛えたから、拳銃程度の弾丸なら避けれるよ!」
「……嘘だろ、いや、幻聴だ」
「安心して。ふつうは無理だよ、先輩!」
 目を輝かせながら告げるフォークに、ウィンストン先輩は疑惑の目をする。
 なぜか、それでフォークは安堵した。
 ウィンストンは一般人だ。異常であるのは、フォークのほうで、それを理由に嫌われたら嫌だ、という気持ちがあったのだ。
 自覚のないままに。
「に、しても。とりあえず、まだ寝る前に教科書読んどけ」
「え?」
「一般人には、今日は疲労が濃すぎたんだよ。だから、今日は教科書読むこと。先に寝てるからって、さぼらないように」
「えっと、ぼくも」
「体力有り余ってるって顔してるからな。それに、電車の中で疑問点は聞くから、寝させて、ふわぁ、くれ」
「う、うん。お休みなさい」
 フォークの返事をまたずにウィンストンは寝間着に着替えると、白いベッドへとおっとダイブした。
 それを見つめて、フォークはぴかぴか光るような教科書を一つ、取り出して中身と格闘を始める。
 ウィンストンはその真面目さに口元を緩めながら、瞼を閉じた。
 すぐ寝息をたてた彼を確認すると、フォークは荷物に入れていた軍人も使う通信機を取り出し、充電しながら、スイッチをオンにした。
「クライスくん、聞こえてますか?」
『ん……フォークか?』
 寝ていたのか、ぼんやりとした声が聞こえる。
「わっ。使うの久しぶりだったけれども、声が聞けて良かったー」
『フォークの声ってことは、そっか』
 どこか疲れている親友の金髪を思い出しながら、フォークは心配そうに声を出す。
「ねえ、クライスくん。なにかあった?」
『んー? いや、ディアさんがちょっと荒れてるとか、クレインが……軍を辞めたいって言っててさ』
 最後の語尾の小ささに、こっそり相談されたのか、とフォークは驚いた。
『まあ、気の迷いだと思うけれどもさ。それより、そっちはどうだ?』
「あはは……いろんな勉強が役に立ってます」
 地図にない町に降り立って軍になりすました薬の売人とやり合ってました、とは口が裂けても言えなかった。
『すまんフォーク。そろそろ、寝る……』
「うん。ぼくも眠くなってきたところだから。お休み、お疲れさま、クライスくん」
『ありがとうな、フォーク』
 そうして切れた無線に、フォークは小さく息をついた。
「クライスくん、疲れてたなぁ……仕事大変だもんね」
 軍人、そしてその中でも気を遣うという暗部。
 クライスがこっそりフォークへ教えてくれたのは、主に通信課、広報課に属する人たちであること。または遊撃隊など、入れ替わりの激しい課に配属されることだ。
 裏で犯罪の手助けをしていたり、スパイとかを見つけるようなことをしている。
 クライスはどちらかといえば表の顔で、他国や犯罪組織からのスパイを見つけるとか、要人の護衛任務など表周りを任されている。
 適性があれば、粛清――人殺しも国のために行う、二つの顔を持つ人達。
 今の中将にとってみれば、クライスはまだまだひよっこだ、という。
 本当に人を殺したことのない者だとも、言われたという。
 国のためならクライスは命を捧げる覚悟はあるが、経験値は上司のほうが、下手をすると戦闘に関しては中将レベルだと言われている。
 そして、その上司がこっそり他国から対戦車砲を相棒にしてるのは秘密らしいが、黙認されているとか。
「うーん。会った時は、優しそうな男の人だったけれどなぁ」
 べん、きょう。
 不意に、声がしてフォークは振り返る。
「はー。ウィンストン先輩の寝言かもー」
 驚いたことに嘆息し、フォークは無線の充電を終えると隠すようにバッグへ仕舞う。
「まったく、驚かさないでよね」
 ぷんぷんという表現が似合う顔をして、教科書へ再び目を通す。
「読みやすいけど、その分忘れやすいんだよねー」
 と、深夜零時になるまで、元赤の宿命の少年は、起きていた。



 隣室の女子二人の部屋は、ベッドが二つにテーブルが一つだった。
 そのテーブルで、ウィズベットがパソコンを開いて資料と記事を執筆している。
 セプテットは、彼女が下げている銃を、なんともなしに見つめていた。
「あなた、何者なの?」
「料理記者よ~?」
 のらりくらりと、ウィズベットは長い黒髪をいじりながら呟く。
「一応、一般人の銃の携帯は禁止なんだけど……ま、治安悪いからそこは目をつぶるわ」
「セプテットちゃんこそ、その足のブーツ、外さなくていいの~?」
 彼女の武器は肉体。
「銃なら携帯してるから。上司から無理矢理持たされてね。種類とかは説明受けたけどさっぱりよ」
「で、フォークくんとウィンストンくん。どっちがいい~?」
 唐突な進路変更に、セプテットの頭は追いつけなかった。
「は?」
「タイプ。恋するならどっちかな~って」
「歳が離れすぎてるから、どっちも却下」
「にしては、楽しそうだったわ。戦ってるときも、食事の時も――これはホテルでね」
 ホテルの料理で、ウィンストンがうんちくでも語るかと思えば、そんな野暮なことはしていなかった。
 毒味を終えた後、淡々と、美味しい食べ方の伝授と、料理の腕前を褒めていた。
 彼は、純粋に料理や食事が好きなのだと、物語っていた。
「ほらほら~。どっちどっち?」
 手を止めて、セプテットへ迫る。
「あのね、ウィズベット。まだ一日しか会ってないうちに判断できるわけないでしょう」
「そうかしら? まぁ、無理にとは言わないけれどもね~」
 そういうあんたはどうなんだ、とジト目でセプテットは記者を見る。
「ふふ、それでも、フォークくんやウィンストンくん、一生懸命でしょ?」
 それに、フォークくんはセプテットちゃんの手助けもしたんだから、と記者は笑う。
「まあ、驚きはしたけれど……フォークのこと、知ってたの?」
「いえ~。彼がキルストゥの血族なのは、知ってたけれどもね~」
「そうなの?」
「ええ。両親が殺された少年たちって、メディアにも取り上げられていたもの~」
 ウィズベットがふふっと笑って、そういえば、とセプテットが顔を覆う。
「でも、キルアウェート……だったのよね」
「あの爆破事件を起こしたのは、兄だった、っていうのよねー」
「兄?」
「そう。なぜかメディアでは義兄ってなってるけれども、過去のバックナンバー見たらね、兄弟になってるのよ~」
 セプテットは、目を細める。
「誰かが偽ったってこと? 報道でも義兄なのに……」
「まあ、どっちにしろフォークくんの今日の動きを見たら、義兄もなんらかの方法で偽っているのかもね~」
「偽る?」
「彼ら、先輩が書いた過去の記事を読んだんだけど~、どうも、東の小国のキルストゥに関係してる人たちと縁があるみたいよ~」
「……キルストゥは、賞金首にしてたのに、王が戻ると保護に回ったって国?」
 セプテットの冷たい声をものともせず、ウィズベットはそうね~と相槌を返す。
「そうそう、そもそも王族を賞金首が殺して回ったからなってったわけで~、恨みが原因で王族を殺し回ってたみたいよ~」
「そう……まあ、私には関係ないことね」
 そもそも、産まれる時からの人殺しなのだから、と。
 セプテットは、瞼を閉じる。
「父親に殺されかけるのと、見知らぬ賞金首に殺されるのと。どちらがいいかしらね」
 呟いて、セプテットは短い髪をいじって天井を見る。
 そして、瞼を閉じた。
「この子も、いろいろありそうね~」
 ウィズベットは立ち上がると、セプテットにシーツをかけてやる。
「脱げないブーツ、か。誰かが噂にしてたけど……年齢には勝てないってやつかな~」
 苦笑いとともに、明日の朝刊の見出しを思い浮かべながら、パソコンへと戻った。



 ホテル街は、旅行客が多い。
「軍人さんも寝てるのかな?」
 早朝、空気は張り詰めている。
 街の人も巻き込んだ、誰かによる町を消し去った、危険薬物の事件があった町。それも昨日、解決した。
 セプテットは私たちには関係ないことだから、まったくこれっぽっちも気にするなと言われた。
 なら大丈夫かーと判断し、日課も兼ねて外を走り込んでいる。
 ホテル街には軍人が何人か等間隔にいるだけで、厄介事があれば対応するだけのようで、フォークを気にする仕草はなかった。
 ホテルの部屋には書き置きを残して、彼は一人、アスファルトの上を蹴って走る。
 人がたくさんいるところは避ける。
(まあ、知り合いもいた気がしたけれども、指揮官は知らない人だったなぁ)
 スキンヘッドの大男を思い出し、フォークは戦ったり話ししたくないなぁと思いながら、周囲を見回す。
 と、ふと足を止めた。
 あえて、気配を消している。
 そんなわかりやすい気配――殺気にも似たものに、フォークは立ち止まった。
「おはようございます」
 がしゃっと、音がした。
「おい」
「旅行者ですか?」
「あ、はい」
 服の――特に四肢から、かすかに人が出せるはずもない音がする。
 身構えるフォークに対し、彼女はふわりと足首まであるスカートで敵意がないことを示すように、一回転した。
「奇遇ですね。わたしも旅行中でして、今日ここを立つ予定です」
「ぼくたちも、その予定です。奇遇ですね」
 探るような目は、背後にいる男からだ。
 フォークよりも背が高く、どこか冷たい視線だとフォークは感じた。
 そこには人を推し量る瞳があり、値踏みするようだった。
「では、面白い子。邪魔して申し訳ありませんわ」
 くすくすと笑いながら、四肢が人とは違う少女はお付きの男とともに反対側へ去っていく。
 人通りの少ない道。
「変わった子たちだったなぁ……」
 もしかしたら、同じ電車に乗るかもしれない。
「はっ、どこまで電車なんだろう!」
 とっさに思い立ったことで、時計に目をやる。
「ふふ、暗殺者特製持ってて嬉しいワイヤー発出機能と麻酔針時計です。使う機会ないといいけど」
 そして、靴下の中にも、麻酔付きの針を数本両足に仕込んである。
 リタルと北にいたときに教えられた――押し付けられた、暗殺者としてのもしもの備え、らしい。
「うーん、本当に役立つ時が来ないといいけれど。一応、麻酔薬の作り方メモの写しもこっそり持ってきたけれど……」
 あまり危険な旅になるようなら、ウィンストンに相談しよう。
 と心に決めて、フォークはホテルへランニングしながら引き返した。



「で、フォーク。あなた、一人でランニングしていたの?」
 空調の効いたホテルのロビーにて。
 車椅子に座ったセプテットと、それを押すウィズベット、そして泣きそうな顔のウィンストンが揃ってロビーのソファーにいた。
 ここのロビーは広く、安心していたが、それを打ち破るような冷めた瞳があった。
「あ、あれー? み、みんな朝早いねー」
「……はぁ。出発、昼過ぎになるわ」
 セプテットが口火を切ると。ウィンストンは安堵の様子で時刻表に目を落とした。
「さすがにバレちゃったみたいでね。昨日の詳しい話を聴きたいって……」
「でも、セプテットちゃんは先輩の護衛だよね?」
「それで押し切ろうとしたけれども、かなりお上が関係を知りたがってて朝食後、話をしに行くことになったの」
「それだけ重大な事件だったってことだ」
 ウィンストンは苦々しい顔をしながら、驚くフォークに追い打ちをかける。
「フォークも、暴れてたせいで事情聴取に来てほしいそうだ」
「え? ぼ、ぼくは一般市民ですけれど」
「軍内部の監視カメラにしっかり暴れてる姿が映っていて、どうもあなたの知り合いが軍内部にたまたまいたそうよ」
 もしかして、とフォークは親友のクライスの姿を思い描く。
「なんでも、グレン? とかなんとかとか言ってたけど。また坂の上まで運んでね? フォーク」
 にやりと、ぐうーとお腹を鳴らしながら、フォークは肩を落として食堂へ向かった。



「また、ギルさんに会うの?」
 ホテルの朝食の白米を食べながら、エビチリをつまんでいるウィンストンにフォークは声を上げた。
「いいの? というか、会えるの?」
 セプテットは、町ぐるみで犯されていた薬物への犯罪に、危機感を覚えていた。
「うん、それは朝メール帰ってきたから大丈夫」
 家までの道もわかってるからな、と先輩は胸を張る。
「一緒に行くから~、なにか命の危機があっても、なんとか彼だけは助けるわ~」
 唐揚げを平らげながら、ウィズベットは編んだ黒髪を撫でながら微笑んだ。
「あなたが一緒なら、問題はないわね」
「え、それ本気で言ってる? セプテットちゃん」
「仕方がないでしょう。でも、一番の想定外はフォーク、あなたよ」
「そうだな。あの拳銃の撃ち合う中、よく生きてられたな」
 瞬間、フォークの脳内に懐かしい人と軍人たちの必死な銃撃戦――北でやった特訓――が蘇り、脳内のスイッチが切り替わる。
 セプテットが経験の差で、どっと圧を放つフォークの額にデコピンをした。
「っあ――」
「安心なさい。ここは安全地帯よ」
「え、は、ぁ」
 ウィンストンは、呼吸を止められたような錯覚に襲われていた。
「殺気立ってたわね~」
 と、それを簡単に受け流したのは、ウィズベットだった。
「フォーク。軍人の前でそれは絶対やめなさい。無意識レベルみたいだから、無理な話かもしれないけど」
 さすがに歴戦の死線をかいくぐってきた軍人だ、とウィンストンはセプテットを見直した。
「う、気をつけます……」
 しゅんと肩を落として、フォークは何事もなかったかのように食事に手を出す。
「大丈夫よ、ウィンストンくん~」
 メモ帳にいろいろ書きなぐりながら、隣に座っていたウィズベットが微笑む。
「ここは元々犯罪も多い国だからね。フォークくんが多少一般市民以上の力を持っていても、気にすることもないわ」
 いや、そこは気にしますふつうと思いつつ、ウィンストンはこの旅に巻き込んだのは自身だと思い浮かべる。
「すまないな、フォーク」
「なんで先輩が謝るの? それはぼくのほうだよ!」
「不毛になりそうだから、さっさと行くわよ、フォーク。車椅子押して」
「ええっ!」
 と悲鳴を上げながらも、車椅子を広げてセプテットを座らせる。
「それじゃあ、叱られにいきますか」
 セプテットはぎいっと動き出した車椅子の速度に、過去の繰り返しを思い出していた。



「え? グレンさん! カイさんにリアさんにラディアさんまで!」
 先日行われた戦闘の中心部の坂の上に、スキンヘッドで大きい軍人と、その背後にいる見知った顔にフォークは破顔した。
「知り合い?」
「セプテットちゃんは知らないの? 同じ軍人さんだよ」
「西司令部の連中もよく知らないから、中央なんてさらに知るわけないでしょう」
 呆れられて、フォークの心を写したような晴れやかな天気の下、彼らは少々困ったような笑みを浮かべていた。
「昨日のここの町の事件、解決したのはお前たちだと諜報から聞いた」
「ちっ、手柄渡してあげたのに」
 セプテットがフォークにしか聞こえない音量で囁く。
「ああ、あいつを問い詰めたのはおれだ。上官だからな。まあ、そもそも貧弱なあいつがこの人数を相手どれるわけがない」
「……死んだりしてないでしょうね」
「んな責め方してねえさ」
 スキンヘッドの男の迫力は、ただの軍人とは思えなかった。
「とりあえず、知ってるんだが、確認だ。セプテット、なぜここにいる?」
「ウィンストンという料理学校の学生たちの護衛です。彼の目的地がたまたまここだったので、彼――フォーク・キルストゥ及び料理記者とともにここに来ました」
「ふむ。筋は通っているな」
 ちらっと、グレンたちを見る。
「フォーク・キルストゥとは知り合いか?」
「キルアウェート、と名乗っていた頃に、は」
 歯切れ悪く、グレンが代表して告げる。
 相変わらずな見知った軍人、グレンやカイ、そしてリアにラディアの四人を見ると、胸の奥がちくりと痛む。
 もう、他人となってしまったあの人を思い出してしまうから。
「ふむ。なら、ツキ・キルアウェートとも知り合いか?」
 スキンヘッドの上官は、手をひらひらさせて彼らを見やる。
 沈黙を許さないという鋭い視線に、思わずカイが答えていた。
「彼は義兄だった」
「そう覚えているな」
 それが? と黒髪の少女は無垢な仕草をする。
 兄であることに違いはないと、記憶に残っているが故の反応に、上官は目を閉じる。
「ふむ。紙媒体というのも捨てがたい。こういう矛盾の判明には、な」
 それ以上、引き伸ばすなとぴんっとアホ毛が立つフォークだ。
「えーと。事件はどうでもいいんですか?」
 話題そらしと、それ以上具体的に踏み込まれる前に、スキンヘッドの男へフォークは手を挙げる。
「ああそうだった。礼を言う。町の連中からも話を聴いているところだ」
「その様子だと、本命には逃げられたのね」
 首謀者のことだと後にフォークは知る。
 ので、今は緊迫した雰囲気に呑まれるばかりだった。
「ああ。全く、軍本部でいろいろ事件が起きてるからそっちのメンツとかいろいろあんだよ」
「なら、一般人の護衛に戻っていいでしょうか」
「そうだったな。しかし、最後に確認だ」
「何でしょう?」
「そこの車椅子を押してる青年を、軍に入れる気はないか?」
「断固、お断りします」
「料理人としてなら入る気ありそうです」
 フォークとセプテットは各々別々のことを言い合いながら、頭を下げて背を向ける。
 背中から冷や汗が流れるフォークに対し、スキンヘッドの男はふむ、と彼女らの背を残念そうに見やる。
「話す気がないか。だが、それはおれの役目ではないな」
「キューガ大将」
「レジーナでも支部のほうを任されてたからな。フォーク、とやらに会ってみたかっただけだ」
 あの何十人もの気を失った犯罪者を、西部の遊撃隊とともに倒したという少年に。
 心の中でそう付け加えて、彼はそれぞれの班への指示をし始めるのだった。