フォークの旅立ち

「く、くはははははっ!」
 朝陽がさんさんと降り注ぐ、学園の学長室に笑い声が響く。
 白髪交じりの黒髪に、少し、ぽっこりとしたお腹を持った男――学園長が、スーツに着られながら書類を見ていた。
「あの、学園長……? 上機嫌ですね」
 手を媚びるように揉みながら、副学園長で白髪の男が告げた。
「あの! リタル・モデラートから頼み事と来た!」
「えっと、確か農協の偉い人ですよね……」
「ああ。いつも私を見下してきた男だ。しかも老いる気配もない、実に気に食わん男だ」
 彼はふぅ、と息をついて、ちらっと副学園長を見た。
「それが、学費と引き換えに学生を入学させろと来たのだぞ? 私を頼ったのだぞ? この意味がわかるか?」
「えっと、学園長を見込んでる?」
 言わされている感を飲み込んで、恐る恐る言葉を選んだ。
「そうだ! 履歴書を見れば筆記で落ちた少年だった。くくっ、リタルなぞに頼らねば入れない若造だ」
 よくそんな第一次試験で落ちた少年のことを覚えているな、と副学園長は感心する。
「成績は体育がよく出来ていた、とあったな。旅に体力は必須だ。そうだろう?」
「え、ええ」
 にやりと、悪役のような学園長の負の感情がこもった声に、彼はよくない想像に身震いした。
「二年の学生で、郷土料理の研究をしたいから旅をさせてほしいという、優秀な学生がいただろう?」
「ああ、トップで入学してそれからも料理に関しては誰にも負けない学生ですね。でも」
「金銭面、旅の安全面、親は許しているそうだが、それらの問題を解決できないからはねのけた。そうだろう?」
 得意げに語りながら、腹をぶるんと震わせる。
「そうですが……」
「なら話は簡単だろう? 金はリタルから全額絞りとればいい! その入学生とペアを組んでだ!」
「そう上手くいきますかね?」
 少々心配になってきた彼に、学園長は胸を張って快活に笑った。
「なに、そのための軍人! だろ?」
「はぁ……」
「不安でもあるのか?」
「い、いえいえ、学園長の意見には賛成ですから」
 にっこりと笑みを浮かべると、副学園長は内心、不安の塊で押しつぶされそうだった。
 だがおくびにも出さず、学園長を鼓舞するのだった……。



 何人もの人がいなくなって、寂しくなった一軒家に、家の持ち主になったフォーク・キルストゥは震えていた。
「いや、座ればいいだろ」
 と、シーザライズという傭兵が、陽光を浴びながら立っているフォークへ呆れた声を出した。
「ほ、本物だ……ほ、ほんとに、入学案内書が、しかも今日!」
「朝の四時から浮かれてるがな、いきなり旅に出るって数日前に来た案内状にあったの覚えてるか?」
 危機感を宿した声など耳に入っていないフォークに、シーザライズははぁ、と息をついた。
「新入生を旅に出させるなんて、裏がありそうで護衛につけないのがちょっと不安なんだが……って、きいてる?」
「ぼく、やっぱり優秀だったのかな? でも料理学校で旅ってよく考えると不思議かも」
「いや不思議かもと言うより不思議なんだよ」
 シーザライズはよくわからないが、そもそも新入生相手なら座学が基本ではないだろうか。
 それを飛ばしている時点で、何か――それがわかればいいのだが、レジーナを出る、という点が気がかりだった。
「護衛してやれんのがなぁ。先日の件で軍から依頼が来てて。しばらく離れられないんだ」
「大丈夫!」
 興奮して話をきいているのかわからないフォークだったが、力強く放った。
「この赤い石をくっつけた木のナイフも持っていくし、他にも予備があるし、果物ナイフも持っていく!」
「いや、まあ、魔――神と会うことはないと思うがそういう心配じゃなくてな」
「勉強も、なんとトップクラスの人と、軍の護衛の人と、なぜか雑誌記者さんも来るんだって!」
 兄がいなくなってから、暗い顔をしていたフォークが、欲しいものをもらった子どものように喜んでいる。
 が、素直に喜べない自分に、シーザライズは苦笑いをした。
「それだけいれば、まあ、なんとでもなるか」
 嫌な予感だけは、外れない。
 彼はしかし、せっかく得た機会をふいにさせてしまうなら、たとえ多少の危険があろうとも、乗り越えられるフォークを見たかった。
「辛くなったら、帰ってこいよ」
「うん! シーザライズさんも、お仕事頑張ってね!」
 軍の中将から直々の依頼。報酬も多額。フォークもいる。断る理由がないと受けたものだったのだが。
「フォークがいない、か」
 護衛対象として預かっている分、旅に同行したい気持ちが強い。
 が、大人という鎖でがんじがらめになっている。
「軍人が護衛に入ってるなら、大丈夫、だよな?」
「どんな人なんだろうね」
「知り合いだといいな」
 キルアウェートとしての記憶は、改ざんされている。
 まあ、クライスが護衛につくのが一番いいのだが……そうなる可能性は低いかもしれない。
 なにせ、学園の生徒への護衛だ。
 個人宛てではない。
 しかも、一年かけてあちらこちら行くという。
 新入生にやらせるか? と思わなくもないが、シーザライズはまあ、そういうものかと嘆息した。
「見送りには行くから、そろそろ出ようか」
「うん! ……それじゃあ、行ってきます!」
 リュックサックを背負うと、もう大人として成長しきったフォークが、唯一残される家へ挨拶した。
「あ、シーザライズさん、自由に使っていいですから!」
「一応フォーク名義なんだがな、ここ」
 家をぐるりと見回して、シーザライズは苦笑する。
「しばらくは、帰ってこないから……」
「ああ、そうだな」
 二人にしか共通しない言葉を交わした。
 玄関を出ると、眩しい日差しに襲われる。
「シーザライズさん、これが鍵だから」
「おう」
 彼の能力で複製をすると、元をフォークに返す。
「ん?」
「持っとけ。一年で帰ってくるんだから」
 少し目を見開いたフォークは、すぐに表情を緩める。
「うん! また、来年!」
 くるりと家を見つめる彼は、茶髪の髪をなびかせながら微笑む。
 騒がしかった日々は、平穏だった日々は、もうおしまい。
 また一年後。
 シーザライズは口にしなかったが、この旅でフォークが何を見るか、そして成長するのか、ついていけないことが残念だった。



 太陽に照らされた朝。
 どでんと建つ料理学校は、横に長い階段の先に校門があった。
「あ……」
 白い壁が眩しい。
 階段の一番上に、赤毛が特徴的で、髪の毛に埋もれそうな白衣を纏った女性がいた。
 こちらをちらりと見やると、遠いのに、軽く手を上げた。
 フォークも、ならって手を上げる。
 こつこつこつと、パンツ姿に長髪の、なぜか不機嫌そうに顔を歪めているその人の鋭い目に、言葉が詰まる。
「あ、あの!」
「フォーク・キルストゥだな。ちょっとアホが護衛の軍人と一緒に来るから、しばらくはこれを読んで時間でも潰してな」
 ぽいっと投げるように渡されたそれは、入学のしおりだった。
 フォークは慎重に、それを開く。
「お、おおっ! す、すごい!」
「で、あんたが保護者かい?」
 シーザライズを見て、女は目を細める。
 体つきを眺めて、男二人を相手に眼光は鋭かった。
「本当なら、一緒に行きたいもんなんですがね」
 と、シーザライズは本音をこぼす。
「おや、心境は一緒だね。こっちもアホの面倒を見てやりたいんだが、講義があるからね」
 それはできないんだ、と残念そうに肩を落とした。
「話では、相当できる学生だと聞きましたが?」
「ありゃあ、頭がいいからたちが悪い」
 はっきり言い切ると、彼女ははぁ、と吐息を漏らした。
「学園長は……いや、これはあんたと二人だけになったときにしようか」
「これかー」
 シーザライズは親指と人差し指で輪を作ると、彼女は頷いた。
「アガルタ先生ー! 手続き終わりましたー!」
 元気な、体育会系と思える太い声が届く。
 と、その横を車椅子の、制服を着た少女がついてきていた。
「――な」
 シーザライズは言葉を失う。
 が、何も知らない二人は、興奮と疑惑のそれぞれの態度を示していた。
「先輩、と護衛の人?」
「本当に、車椅子だとは……本当に大丈夫なのか?」
「……セプテット、か」
 シーザライズの呟きに、フォークは彼の顔を覗き込んだ。
「お知り合いですか?」
「いや。噂はかねがね知ってるっていう程度だ」
「あんた、最近軍の内部でよく見る男ね」
 冷たい響きに、軍内部にも入ったことのあるフォークは険悪の空気を読み取る。
「あー、知り合いなんだ、じゃあ、このクッキーでも食べて落ち着けよ―大人げないなー」
 例の問題児であり、アガルタの待ち人であった先輩は、懐から甘い香りの小さな人形クッキーを取り出していた。
「美味しそう……」
「いらない」
「俺はいただこう」
 車椅子の少女と対称的に、シーザライズは小さいそれを口に含む。
 すると、目を見開いて彼の顔を見た。
「プロ級じゃないか!」
「そうなんだ。こいつ、腕も頭も良いんだ。郷土料理の旅にさえ出たいとしっつこく、粘ついた生地みたいに言わなきゃな」
「何言ってるんですかー、エルニーニャは広いんですよー? いろんな見知らぬ料理が待ってるじゃないですかー」
 ウキウキとした眼差しに、フォークの目も輝く。
「楽しみです! あ、ぼくはフォーク・キルストゥと申します!」
「お、身体鍛えてるんだな! オレはウィンストン・ハーツ! なに、いっぱい可愛がってやるからなー後輩!」
「先輩も、すっごく身体引き締まってるじゃないですか!」
「なに、怖い師匠がいてな。あの赤毛のおばさ――」
 どかっと、ウィンストンの額に五センチはあるファイルが命中した。
「何事も身体が資本。そして先生を師匠と よ ぶ な!」
「馬鹿の護衛かぁ」
 ぎこぎこと車椅子の車輪を慣れた手つきで回しながら、軍人の少女は告げた。
「こ――セプテットさんは、オレたちのこと馬鹿って言うんですか! あいたた」
「大丈夫かー」
 シーザライズがウィンストンを見つつ、セプテットと呼ばれた少女を見て驚く。
「お前、遊撃隊の――」
「任務ですので。あなたが選ばれなかった理由、存じてます」
 冷ややかな目でシーザライズを射抜く。
「まあ、今軍は、先日のネットと誘拐事件と爆破事件の後処理で手一杯ですからね」
「……金を積まれりゃ何でもするのが傭兵だ。別件処理で……護衛ができない」
「あの中将が手間取ってるなんて珍しいですね。まあ、それだけの事件ではありました。何人か、爆破事件で殉職されたとか聞きますし」
「で、どこの司令部にも属さない――ような遊撃隊の一人だけが護衛か?」
「いえ、一般人に紛れてもうひとり。あなたが会うのは、帰ってきてからでしょうね」
 どういう意味だ、とシーザライズがアガルタに口を開いた時、遠くから鐘の音が鳴った。
「ちっ、時間か。フォーク、気をつけてな!」
「うん! シーザライズさんも、お気をつけて!」
 こそこそと話をしていた白衣の女性と、去っていく傭兵へ手を振る。
 フォークは、どきどきする胸の中で、思い出の中にしかいない大事な人を――キルアウェートと名乗っていた時の人を、思い出す。
 約束は守るから、親戚の人として振る舞っている。
 それが正しいかどうかなんて、わからないけれども。
「駅で、雑誌記者が待ち合わせしている。一応、武術も扱えるし重火器も使える女記者だ」
「師匠、もしかしてわざわざ自費で護衛を……?」
「違う。知り合いでな。雑誌の記者だから、粗相のないように。特にウィンストン」
「オレ別に節操なしじゃないけど」
 違う、とアガルタの目が言っていた。
「ああ、料理ね。学校一の料理人が行くんだ、師匠――いてっ、殴ることないだろスカポンタン!」
「お前はまだまだ甘っちょろい。世界を見てこい」
「大変、仲良しね」
「だね」
 セプテットとフォークが、同意する。
 当の本人たちは、そんな二人を睨みつけた。
「「どこがだ!」」
「そういう声揃えるところよ」
 セプテットは、今からもう面倒そうに吐き捨てた。
「あ、あの、その人とはどこで会えますか?」
「駅でもう一人、ウズベットという女記者が合流する予定だ」
 こほん、と軽く咳払いし、アガルタは一同を見渡す。
「自称、一番の年長者だ、……まあ、せいぜい守られておけ」
「すごく不安なんだがその言葉。それに記者って護衛になるのか?」
 ウィンストンがアガルタを見ると、息をついた。
「東からぐるっと回るんだろ? いくら軍の護衛がいるといっても、何が起こるかわからない。ああ言ったが、ウィズベットは治安が悪いところの振る舞いも慣れている。しかも記者としての仕事だからこちらから払う金もない。完璧な、私用の護衛だ」
「なんか、すごい人なのでは!」
 驚くフォークに、ウィンストンは目を細めた。
「料理雑誌読んでないだろ。ウィズベットさんの記事は面白いんだぞ?」
「まあ、一年も付き合う仲だ、タダでプロと旅ができるのはいいことだろう」
 アガルタに、シーザライズはため息をついた。
「会わせないってことは、最初から仕組んでただろ?」
 口角を上げて、アガルタは彼に返した。
「ウィンストンの旅の許可が出てから、な。何、一般人だ。子どもばかりでは何かあったとき困るだろう?」
「せめて、怪我はさせないでくれよ?」
「それは彼らに言え」
 関心なく言い捨てて、アガルタはシーザライズを見る。
「キルストゥも、自衛くらいはできるのだろう?」
「ああ」
 隠すことでもなかったので、シーザライズはアガルタを見る。
「変な事件や事故がなければいいんだが。あの国、一応、指名手配の解除はされて逆に保護すると言い出した」
 それがおかしいのか、くすくすとアガルタは笑う。
「王が帰ってきたんだ。今頃、忙しいだろうな」
 東の小国の一つ。
 キルストゥに王族を殺されたために、キルストゥの名を持つ者狩りがあった。
 それが終焉を迎えたのは、まだ何年もたってはいない。
 テレビで流れているが、キルストゥの本人たち以外に感謝を抱く者はいないだろう。
「ま、あいつは世渡り上手だ。心配はいらんな」
「言い切るなぁ……」
「ししょー!」
 立ち話で朝日を浴びていた二人の会話を遮って、ウィンストンが叫ぶ。
「そろそろ、行ってきます!」
「あ、あの、お世話になります!」
 緊張で、大きくなっているにも関わらず緊張しているフォークに、くすりとシーザライズが笑う。
 いつの間にか三人揃って、見送る年長者へ各々の思いを向ける。
「死ぬなよ?」
「安全なルートを考えたつもりです!」
「死なないように護衛します。仕事なので」
「行ってきます、先生、シーザライズさん!」
 ざあっと、風が吹き抜けていく。
 それを浴びながら、リュックサックを背負った二人と車椅子の護衛は、街の中へと消えていく。
 その後姿を見守りながら、アガルタは肩の荷が降りたように、目を閉じた。
「ああいうやつは、苦手なんだ」
「でも、いい子じゃないですか」
「……問題児が、一人減って嬉しい限りだよ」
 目は口ほどに物を言う。
 シーザライズは、ああ、これって本当なんだと理解した。
 旅立ちは、これから。
 見送る視線は、期待のほうが強かった。



 電車が行き交う駅は、フォークの想像以上に人混みで溢れていた。
 ぴしっとしたスーツ姿の人、ラフで近場に遊びに行くような人、大きなスーツケースをがたごとと引いて歩く人。
「わぁ……すごい……」
 朝の通勤ラッシュなのだろう。
 フォークは閑散とした商店街の近くの学校に通っていたため閑散とした世界しか知らなかったが、倍にもなる人の量に圧倒された。
「なに、こんな程度で驚いてたら、これからもっと大変だぞ」
「あんたもレジーナの外出たことあるの?」
 車椅子を器用に操って、セプテットは朱色の瞳を向ける。
「ああ、でも電車では初めてかな。汽車なら何度か」
「人がいっぱいで疲れそう……ところで、ここで待ち合わせあってるんですか、先輩」
 フォークが問いかけると、彼は目を輝かせる。
「ああ、ああそのとおーりだ後輩! フォークだっけ? よく覚えていた!」
 ばしばしと背中を叩かれる。
「あらぁ、またせたかなー?」
 くすくすと、カメラを前に垂らした、漆黒をまとった女性が軽やかな挨拶とともにいつの間にかいた。
 一目で鍛え上げられた肉体だとわかる姿勢に、三人はしばし見とれる。
 邪気のない笑みに整った身体は、人混みの中でも雑踏を蹴散らしてそこにあった。
「えーと、アガルタの学生さんよね?」
「は、はい! その通りです、えーと、雑誌記者さん?」
「もう、ウィズベットよ」
 そして、彼女は驚いて目を開く。
「護衛の軍人なのに、車椅子?」
「よく言われますが、……」
 ちらりと、セプテットは周囲を見渡す。
 誰も彼らを気にもしてない。
「これは、フェイクです」
 はっきりと言い切ると、フォークとウィンストンは首を傾げた。
「ああ、そういうこと。いやー、実際には初めて見たからね、事務員以外で車椅子使ってる軍人さんは」
 ぺこり、とセプテットは頭を下げた。
「では、時間も時間ですし、行きますか?」
 冷たく突き放す言い方のセプテットだが、ウィズベットという雑誌記者はウィンクした。
「そうね。もう行き場は決まってる~?」
 よく見れば、彼女はカメラの他には大きなリュックサックを背負っていた。
「ああ、パソコン入ってるの。ノートパソコンね。仕事で使うから」
 あっさり中身を告げて、くるりと人混みの中で回った。
「ん、任務に行く軍人もいるのね」
 ウィズベットの行為になど目もくれず、セプテットが男の制服を着た軍人たちが電車に乗り込んでいくのを見届ける。
「そうみたいね。大捕物なら、ぜひ写真に撮りたいわ―」
 うっとりするウィズベットに、ウィンストンは目のやり場に困りながらセプテットを見る。
 そんな先輩を見つつ、頬が赤く染まっている先輩の視線の先に、琥珀色の和服を着た青年と目があった。
 その洋服と同じ、琥珀色の微笑みが、なぜか頭に焼き付いた。
 微笑みを浮かべた立ち止まっている見知らぬ人に、フォークはとりあえず頭を下げる。
 すると、彼も同じく頭を下げた。
「行くわよ、フォーク」
 肘で小突かれて、慌てていつの間にか雑誌記者のウィズベットを先頭に歩く二人を追いかける。
 そして、一度、振り返る。
「行ってきます」
 人混みでごった返す駅のホームで、今までのことを瞬間に、回想する。
 ――また、帰ってきたときに。
 そう胸に刻み込むと、彼は颯爽と電車に乗り込む。
 胸を踊らせながら。