デパートテロ事件

「あの、すみませんー」
 こんこん、とフォークは、レジーナの軍中央司令部、一般人は立入禁止区域たる通信課のドアをノックしていた。
 ドアには、多忙につき用件のある方は内線飛ばせ、と堂々と書いてあった。
 が、フォークにその文字は届いてなかった。
「誰かいませんかー」
 手にはお弁当。
 学校が休みで早く作ったが、肝心の兄はいつもなら忘れないのに、今日は置いていってしまった。
「どうかしたかい?」
 上から知らない声が振ってきて、フォークは驚きに声を上げた。
「あ、すみません! お兄ちゃんに渡したいものがあって、ついつい中まで来ちゃいました! すぐ帰ります」
 通行書を見せると、優しい苦笑が降ってきた。
「いや、俺もここで用があったんだ」
 青い髪に、思わず首を傾げる。
 何か感じるけど、嫌なものではない。
「カスケード・インフェリアという。君は?」
「フォーク・キルアウェートです……」
 答えて、縮こまる。
「ツキの、弟か?」
「えっ、お兄ちゃんを知ってるんですか?」
「まあ、な。しかし、通信課も立ち入り禁止か」
「?」
「鍵がしてある。通信課はだいたい誰かはいるはずだから、ここで何か起きてる可能性がある」
「え?」
「お弁当なら渡しておくから、フォークくんは帰ったほうがいい」
「あの」
 フォークは胸が早鐘を打つ。
「なに、入ったばかりの新人をそうやすやすこき使うことはないだろうから、安心して帰ると良い」
「……はい」
 お兄ちゃんよりしっかりしてそうな人の言葉だ。
 ぼくはお兄ちゃん、ちゃんと軍内でやってるんだ、とちょっと安心した。
 そして、いつの間にか足元にいたベック―と共に、出口へ向かった。



「テロの予告、ですか」
 オレが呟くと、通信課の面々はあちらこちらへ連絡をしていた。
「あの、鍵してていいんですか?」
「うーんと、一般的な軍人にはまだ伏せておきたいからね」
 と、隣のデスクにいる先輩が告げた。
「キルアウェートは上に連絡してくれ。南方の事件や麻薬のことなどあったが、こういうのも日常茶飯事だ」
「はぁ」
「たまにあるんだよ、役所や司令部、たまに王宮への予告。だいたいが未遂というか、単なるいたずらなんだが」
「いたずら、ですか」
「そうですよ大佐。今回はデパートらしいんです。それも、どこかは不明。いくつもあるデパートっていう場所だけ!」
 タコウィンナーハンターの先輩は、もう、面倒だと顔に書きながら、ため息を付いた。
「場所はわかってるなら」
「デパート。最近はショッピングモールとかもあるんですよ? デパートもあちらこちらいっぱいですし、もう、情報班にメールの発信元丸投げしつつ各デパートに連絡ですよー」
「こういう時は、嫌な予感がする」
 通信課一番上の階級にあたる大佐が、はぁ、とため息をついた。
「時刻を書かなかった、ということは、確実に仕留める気がある、と受け取っている」
「嘘なら良かったのにーですね!」
 先輩はペンを走らせながら、器用に電話を取った。
「そういや、今日はフォークが出かけるとか言ってたな。どこ行くんだったっけ」
「基礎訓練も終わったもんねーツキくん」
「階級つけなくていいんですか?」
「あははっ、細かいことは気にしない――はい、そっちは今日は白でしたか。お忙しい中ご迷惑おかけしました、いえいえなんもですよーでもこれからなにかありそうですので、用心はしといてほしいですー」
 さらさらとペンを使いこなす姿は、格好良かった。
「器用だ」
 オレは本心を呟きながら、拙い言葉で上官に現状を告げた。
「ええ、はい、注意と確認中です……大佐、かわってください」
「おう。はい、……ええ、表には出回ってない、わかりました。あと鍵は開けろ? はい、了解しました」
 それを聞いて、新米のオレが鍵を開ける。
「あ」
「お」
 青い髪が目に入って、オレは目を丸くした。
「弟くんからご飯預かってるぞ」
「もしかして、待ってたのか?」
 オレは申し訳なく思って、頭を下げた。
「すまない、弁当忘れたのも気付かなかった……」
「ん? 通信課、忙しそうだな」
「ああ。たぶん、そのうちわかるよ。じゃあ、急いでるからまた後で、カスケード」
「悪かったな、ツキ」
 そんな挨拶を残して、ドアを閉める。
「そういえば、フォーク、今日クライスと遊びに行くって言ってたな」
「何事もなければいいねー」
 目をキラキラさせて、先輩が告げる。
「いや、人の弁当見て猛獣にならないでください」
「にしても、今のはインフェリア大佐か。お前、すごい人と縁があるんだな」
「大佐っていったら同じでしょう?」
「――あっちと比べたら、まだまだ若輩者だからな」
「年齢上ですよね?」
「まあな。がっはっは」
 嘘か、本当か、わからない、デパートのテロ予告。
 この頃、きっと誰もが単なるいたずらのたぐいだと、思っていた。



「今日は、非番。フォークさ……いや、フォークと一緒にデパート行くんだ」
「駅前か?」
「そうそう! いやー父さん、引きこもりしてるより断然いいぜ?」
「あら、じゃあ買い物メモ作らなきゃね」
「母さん、友達と遊びに行くんだって!」
 おれの言葉に、なぜか二人共驚いていた。
「聞き間違えか?」
「クライス、友達ができたのね」
「えっと、怒るところ? 呆れるところ?」
 喜ぶ両親を見ると、おれが友達いない歴年ということを思い知らされる。
 だがそれは終わった。
 フォークさん……というか、男というフォークのおかげで。
 未だに、あの朝のことを思い出す。
「あの格好だと、誰だって女の子だと思うよな……」
「クライス、好きな時間に帰ってきていい。今日は許可する」
「え、なんか勘違いされてない?」
「でも、あまり夜遅くになっちゃ駄目よ?」
「わかってるよ。クレインは仕事だし、おれも久しぶりの休暇だから、思いっきり、羽伸ばしてくるよ」
「……どこへ行くかは決まってるのか?」
 珍しく、父さんがおれの目を見る。
「えーと、秘密っていってたな。いやー、男二人で行く場所じゃないとかなんとか。でも、フォークいわく服みたいんだっていうからさ。どこでもついてくぜ」
「クライス、一応、武器を持っていけ」
「え?」
 立ち上がった父さんに続いて、おれは部屋に入って折りたたんである槍を、鞄に突っ込んだ。
「――とある筋からの情報だが、どこかのデパートにテロの予告が来ている」
「え?」
 怪訝な彼に、父親は真剣な眼差しを向けた。
「日時は不明。ゆえに、軍人があちこちにいる。出くわさないと思うが、用心だけはしておけ」
「う、うん。でも……いや、持ってくよ」
「なに、いたずらの可能性が高いだろう」
 まあ、用心に越したことはないからな、と父さんの言に、おれは頷いた。
「どこに行くかは、二人の問題だ。思いっきり楽しんでこい」
「……うん、ありがとう、父さん、母さん!」
 わくわくする心臓の鼓動を悟られないよう、おれは笑みをこぼした。



「さすが、エルニーニャ王国の主要都市の駅だ。広い」
 おれは呟くと、背負った鞄をぽんぽんと叩いた。
 まだフォークは来ていない。
 中には折り畳み式の愛のつまった槍がすぐ出せるようしまってある。
 使うことはないだろうが……相変わらず、駅の広さと人混みはすごい。
「待ち合わせの駅の入り口は南。だから間違ってないと思うけど……」
「クライスくーん! ごめんねー!」
 人混みをかき分けて、心臓がどくんと跳ねる音がして振り返った。
「ごめんね、お兄ちゃんの件で、お昼届けに行ったら遅くなっちゃった」
「いや、時間数分程度だし、どこに行く予定なんだ?」
「駅前のデパートだよ!」
 それを聞いて、なぜか背中の産毛がちりちり予感を告げる。
「うん! でも、クライスくんはつまらないとか思わない?」
「フォークと一緒なら、どこでも楽しいよ」
 今まで、軍の暗部で仲間はいた。
 友達に近いところまで仲良くなった者もいた。
 けれども、彼らはもう遠い思い出になっている。
 いつ自分がそうなるのかはわからない。
 粛清はされないと思うが、任務で死ぬことは往々にしてあることだ。
 使い潰されて、心が死ぬかもしれない。
 でも。
 フォークの笑顔を見ていたら、そんな暗い考えがちっぽけに思える。
 最初恋だったからだろうか。
 男とわかっている今でも、おれはフォークを好きでいる。
 友達、と思われていて構わない。いや、そっちのほうがよっぽどいい。
 男に恋愛まではいかずとも、似た恋慕を感じてるなんて知られたくないから。
「さ、デパートで贅沢三昧しようね! いろいろ着替えとかしよう!」
「フォークは、服好きなんだな」
「ふふん、お父さんがファッションデザイナーだったからね!」
 誇り高く言い切った彼が、羨ましい。
 おれは、国のためなら何でもしてきたというのに。
 暗部に属するようになったのだって、技量の高さをかってもらったおかげだ。
 上がどう思っているかはわからないが、おれは国のため、そして父の後ろ姿をおぼろげながらに追っている。
 見栄。と言われた気がする。
 悪口も面と言われたりもしたが、国のために身を尽くすのは、軍人として当然だと思う。
「おれは、フォークたちがこうして平穏に暮らしていくために、頑張ってるんだな」
 考えたこともなかった。
 先輩方の助言が、今ならわかる。
 誰も彼もが、軍人だから、というテンプレートで入ったわけではない。
 理由がある。信念がある。
 それを今、実感させられている。
「クライスくん、無理はだめだからね!」
 と、笑ってくれる笑顔のために、おれは戦っているんだ、と気付かせてくれる。
「そういや、フォアとかシーザライズとかいう人らは?」
「見守ってくれてるよ。なんか、今日は危険日だ、なんて言ってたような……朝にシーザライズさん眠そうにしてたし」
「……フォークって、あの人らのこと、どう思ってるの?」
「んー……ぼくらを、守ってくれてる人。理由は違うぼくとお兄ちゃんの置物との約束って言ってるけど、ぴんとこないんだよね」
「置物?」
「うん。変な玩具だよ。でも、お兄ちゃんは大切にしてて、ちっちゃいころは触らせてもくれなかったなー」
「一度、見てみたいな」
「そう? じゃあ、今度は家で遊ぼうね!」
 大歓迎だから! とフォークはおれの手を握って笑った。
「フォークってさ、やっぱちょっと女の子っぽいところあるな」
「む、それは悪口?」
「いや、惚れる相手になるって意味だよ」
 ついつい、本音がこぼれる。
 おれは、フォークには敵わない、そんな気がして苦笑した。
「ぼく、学校ではちゃんと男の子扱いされてるよー」
「いや、第一印象がどう見ても女の子だったし」
「む……」
「まあ、そろそろ行こうか」
「うんっ! ぼくの学校も人少ないから、クッキー以外で友達と外出なんて久しぶりだよ」
 そうして、歩き出す。
「あ、制服姿の人だ」
「……? あれは、ま、いいか」
 今日は非番。仕事は休みだ。
 フォークの顔に陰が落ちている。
「さ、デパート入ろうか」
「うん、うん、そうだね」
 そういえば、ツキが言っていたっけ。
 フォークは軍人嫌いだと。
 おれは例外みだいだが、大勢いたらパニックを起こしてたとか。
 ……事情は、知っているが、それでも付き合ってくれる、友達と言ってくれるフォークを、置き去りにはできない。
「手、握るか?」
「うん」
 強ばった声を安心させたくて、おれは彼の手を握った。
「部活とかっての、入ってるのか?」
「ううん。でも、体育は得意だよ」
「なんか、意外だな」
「皆そういうんだよねー」
 なんて言いながら、おれは緊張が綻んだ顔に、安堵した。
「ここのデパートは七階建てで、地下が食料品売場、男性物の服屋さんは四階にあるんだ」
「ほぅ」
「それじゃあ、行こう!」
 一階からエスカレーターで四階へ向かう。
「あそこのテナント、服のセンス良いんだよねーぼくはお父さんと似てなくて残念」
「デザイナーだもんな」
「うん!」
 よっぽど父親が好きなんだ、ということが伝わってくる。
 そう言えば、フォークの両親が殺された時、おれはクレインと一緒だったことを思い出す。
 偶然、現場の近くにいた。
 親からの買い物がメインだったけど。
「お土産、何か買ってくかな」
「ぼくも、お兄ちゃんたちにお菓子を買っていく予定なので、終わったら、地下に降りましょう」
「へー。ショッピングモールは行くけど、デパートってあんまり行かないから新鮮だわ」
 というか、子供が来るような場所ではない気がした。
 服はどこのテナントも成人向けだ。
「場違い……って、フォーク、触ってるけど」
「生地がいいな……うん、この値段なのも納得」
「はぁ。フォークにとっては楽園なんだな」
「あ、クライスくんは? パーカーだけど、何か買う?」
「いや、どう見ても値段もいいし、食料品売場で同じく菓子買うわ……」
 フォークはすごいな、と感心した。
「これは、うん、お父さんがいたら唸ってた」
「あっちの店は?」
「見るー」
 とたとたと、名残惜しそうにさっきの服を見ている。
「ん?」
 私服だが、見慣れた姿を遠くに見えた。
 父さんの台詞が、蘇る。
(ネームレス先輩? デパート調べに来たのか?)
 と思っていたら、いつの間にか後ろ姿が消えていた。
「クライスくーん」
「ああ、今行く、フォーク」
 無理矢理笑みを作って、おれは身の丈にあわないテナントをあちらこちら歩く。
 途端、地面が揺れた。
 轟音と共に。



 それより、ほんの少し前。
「おう、ベック―か」
 フォークたちがいそうなデパートの地下食料品売場で、シーザライズは赤い矢印に手を上げた。
 トイレの入り口付近で真っ赤になっている。
 まれにツキと帰ってくるので、覚えてしまった。
「看板を取り出すってことは、トラブルでもあったのか?」
 こくこくと看板を大きく上下に揺らす。
「ゴミ漁りが趣味……なわけないか」
 と覗いてみて、シーザライズは鼻をならした。
「トイレのゴミ捨て場に場違いなものを見つけたんだな」
 手拭きのゴミを床に散乱させて、シーザライズはその箱を見下ろした。
「どう見る? ――ふむ、やっぱりお前も怪しいと見るか。だな、放置して良いもんじゃないが……」
 と言ってから、頭をがしがしかく。
「爆弾処理なんてしたことないからなー。どうするか」
 ぱっと、その答えをベック―は看板に書き出していた。
 それを見て、シーザライズはまあ、そうなるよなぁと一人ごちる。
「そうなるよな。まっ、爆発はしないだろうが」
 と言って、触れるか触れないまで手を近づける。
「絶対零度で中身全て凍らせりゃ、爆発しようもないよな、たぶん」
 シーザライズの能力は具現化。
 それに制限などなく。
「……ひんやりしすぎてるから、生身で触ったら指取れそうだが……そこまで愚かな軍人いないよな」
 そして、彼は立ち上がる。
「犯人は複数人かな。爆破テロなんて、アニメの中だけだと思ってたんだがなぁ。怪しいのは、清掃人か、化けてるのか」
 ベック―は探すの? と問うてくる。
「ここにはフォークが来てるはず。昨夜クライスの馬鹿と遊びに行くって言ってたからな。他にも爆弾のありそうな場所、わかるか?」
 勘だけどね、とベック―はふりふりと看板を揺らす。
「じゃあ行くか。案内、頼むわ」
 オッケーと気楽な矢印と共に、シーザライズは歩き出した。



 一瞬、何事かわからなかった。
 だが、瞬時に異常だと気付いて、おれは鞄から愛用の槍を取り出して背負い直す。
「今、上からだったよな!」
「う、うん」
 一般的な反応をしているフォークを勇気づけるように、おれはその肩を叩く。
 ネームレス先輩の姿がさっき見えた。
 なら、隣りにいるべきかもしれない。
「店員やお客さんの誘導の手伝いをしてくる」
「――だめ、今はまだ危ない」
 ぎゅっと、振りほどけそうなほど弱い力なのに。
 フォークの手が、おれの手を握りしめていた。
「あ、ご、ごめんね! ぼくよりクライスくんのほうがよっぽど慣れてるのに」
「いや――正解だったよ、フォーク」
 学生服姿に、胸にバッチ。
 見るからに軍人の見慣れない少年が、なにか箱を手に持ちながら叫んでいる。
 先輩の姿が見えないところを見るに、上の階に行ってしまったのだろう。
「う、動くな!」
 華奢な体の少年軍人は、悲痛な声で叫んでいた。
「動いたら、このデパートを道連れに、死んでやる!」
 そして、また轟音が上から響いた。
 ――ネームレス先輩! 無事だろうか。
「デパート中に流せ! いいな!」
 それに対応してか、店員が震えながら動いている。
 おれや先輩以外にも軍人はいるだろうが、目が血走っていて理性を失っている。
 説得は無理だろう。
 にしても、いつの間にあの轟音――デパートに爆弾を仕掛けたのだろう。
 これは、計画的な犯行だ。
 父さんが言っていた言葉が的中する。
 ――テロって、これかよ!
 運が悪すぎる。
「クライスくん……」
「大丈夫だ。なんとかする……おれは、一人じゃないから」
 仲間がいると思うが、あの少年軍人以外に動きはない。
「デパートの外なら、狙撃でも出来ただろうけど……くそっ」
 舌打ちする。
 そして、持っている箱――爆発のスイッチだろうものをどうにかしないと、フォークもおれも命がない。
 下手に刺激して、本当にデパートがなくなったら目も当てられない。
「駅前だから人も多いし、下手したら駅にも瓦礫が落ちるぞ……」
 テナントに並んでいる衣服類が、ちょうど槍とおれの存在を隠してくれている。
 軍人だとバレなければ、なんとかなる。
 いや、しなければならない。
「よ、要求する! 軍人は全員一般人を集めて地下の食料品へ連れて行け!」
 声が震えている。
 そして、彼の視線はこっちを見ず、店員がスピーカーで全館へ流しているほうに夢中だ。
 電気系統が生きているから、明るさは保っているが大人しく従っても命が救われる保証がない。
「フォーク、しゃがんでくれ」
「え?」
「おれはあいつの目を引く。非常階段から、今他の軍人の姿が見えた。
 ネームレス先輩以外にも、何人か姿がある。階段を渡って、降りていっているのだろう。
 しかし、皆静かに降りていっているのが気がかりだ。
 軍人の一人と視線があう。
 そして、指をさされる。
「早くしろ、早くしないと、駄目なんだ!」
 ちっ、とおれは舌打ちすると、槍を伸ばして姿勢を低くした。
 そして、足音を殺して、フォークにもしゃがむように指示する。
 固まっている姿に、少しいらだちを覚える。
 いや、こんな状況で平静でいられるほうがおかしいのだが。
 スピーカーからの指示に従って、軍人や一般人がいなくなっていく。
 あの軍人は、こっちを見ていない。
 スピーカーで連絡している店員は、涙ながらに犯人の言うことに従っている。
「クライスくん……」
「大丈夫。軍人を、おれを信じてくれ」
 犯罪に手を染めた軍人の背後に、足音を消して回りこむ。
 気付かれていない。
 ――今だ!
「はっ!」
 腰を落とし、槍で片方の膝を石突で殴った。
「く――」
「それよこせぇっ!」
 視線の片隅で震えるフォークを見ると、使命感が湧き上がる。
「お前、この、軍人か!」
 怒りと怯えが両立した声音に怯まず、おれは巻き込まれないよう立ち位置を少年軍人の正面へ動く。
「今日は非番なんだよ!」
 台無しにしやがって!
 少年軍人から、おれはスイッチが沢山ついた箱を槍の先で遠くへ飛ばす。
「く、くはははっ」
 少年は、糸が切れた人形のように、笑い始めた。
 何もかもを断ち切られたように。
「そ、それは、一定時間なにも操作しないと、ぜ、全部の爆弾を爆破させる、ん、だよっ!」
 もう命も捨てたと言うように、少年軍人は笑った。
「お前、それでも軍人か!」
 腹の底から、怒りが込み上がってくる。
「なにも、何も守るものがない奴には、わからないさ! 一人の命のほうが、だ、大事なんだ!」
「そのためなら、死んでもいいのか!」
「死にたく、死にたくなくても、そうしないといけないんだよぉぉっ!」
 少年軍人は、泣いていた。
「なら、なんで誰にも相談しないんだ! 仲間がいなかったなんて言わせない!」
「平穏に軍人やってる奴には、いじめられる奴の気持ちなんか、わかるわけないだろぉっ!」
 八つ当たりか、とも思う。
「なら軍人なんて辞めちまえ!」
 心底、腹が立つ。
 こいつをここまで追い詰めたことも。
 殴ってやりたいが、そんな時間はないらしい。
 犯罪者となった軍人の少年は、勝ったとばかりに、笑みを浮かべていた。
「病気の妹を守りたいなら、軍人なんてなる必要はなかったな」
 いつの間にか。
 爆破スイッチを持ったシーザライズが、冷たく言っていて。
「え?」
 フォークも、目を丸くしていた。
「絶対零度で内部を凍らせた。上の階の避難誘導も済んでるし、地下からの爆弾はなんとか全部、凍ったようだ」
 少年軍人も、凍りついた顔をしていた。
「一人でできる芸当じゃないが、中身までしっかり凍らせたから、爆発は失敗。あとは銃器か? 下は一般軍人が対処できるだろう」
 シーザライズは何でもないことのように、冷徹に告げた。
「あ……ああ……これ、じゃ、これじゃあ、守れない、守れねぇ、駄目なんだ、それがないと、駄目で……」
「もう手遅れだ。大人しく、犯罪者やってろ」
「妹は? あいつしかもう家族がいないんだ! 医療費だって、あの人に借りてた分があって」
「あの人? まあ、妹は軍の病院に送られることになる。今のところから転院だ」
 まるでそうなることがわかっていたかのように、シーザライズは告げる。
「なあ、お前犯人わかってたのか?」
「クルアだ。あいつ、伝書鳩なんて古臭いもんでテロが起こる場所と、その犯人の妹の体内に入ってある爆弾処理をやってるってさ」
「ばく、だん?」
 少年軍人は信じられない、と目を見開きながら、涙をこぼしていた。
「妹に、そんなもの、あるわけないだろ!」
「レジーナにいるとある闇医者に頼んだそうだ。埋め込んだ医者は逃げたらしいが、爆弾処理で彼女の体力が、問題らしい」
「――いけよ」
 おれは、自然とそう口にしていた。
「行ってこいよ。おれたちもついていくから。な、フォーク」
「うん。でも良いの?」
「おれとシーザライズがついてる。下でなにかあっても、歴戦の軍人が、どうにかしてるだろ」
 複数人いたとしても、一般人に紛れて逃げているはずだ。
 作戦は、元々こいつ一人に罪を被せて逃げるつもりだったに違いない。
「糞野郎だな」
 おれはそう呟くと、槍を持ったまま、少年軍人を立ち上がらせる。
「ほら。妹、大事なんだろ」
「お前に、お前たちに……助け、なんて」
「おれにもさ、妹がいるんだ。お前のせいで今仕事してるけどさ」
 気持ちは、きっとわからなくもない。
 こいつは、妹を選んだ。
 でも――。
「脅されてたの?」
 フォークが、不安げにそいつに尋ねた。
「怖い人?」
「恩人、だ」
 少年軍人は、それだけ口にすると、ゆっくり歩き出す。
 それに合わせながら、おれは同じ立場だったら、と思わざるを得ない。
 不意をつけたからこそ、フォークと一緒だったからこそ、こうして動けた。
 シーザライズもフォークの護衛でこっそりついてきていたんだろう。矢印はしらんが。
 おれだったら。そんなありもしない仮定を思いながら、歩き出した。



「自殺、か」
 発砲音と共に、ネームレスは見知らぬ一般人の格好をした少女を見下ろした。
 駅前のデパートの地下女子トイレで響いたもの。
 彼女は怯えきった目を大きく見開いていた。
 たぶん、スピーカーの少年と同じ立場の者だったのだろう。
 最初の爆破が屋上で、閑散としてほぼ人がいないのが幸いした。
 暗部の情報網で引っかかったアマチュア無線での交信、その先がこのデパートで、急いで来たが、ほぼ人はいなかった。
 次の階がやばいと避難誘導をして、ほとんど人がいなくなったのを確認してから降りて爆破が起こった。
「まったく、面倒だな」
 軍人非難の記事でも書かれるだろう。
 怪我人も何人か出たかもしれない。
 面倒なことになった。
 もう一人の犯人は、クライスが対処しただろう。
 あと、あの傭兵と。
 フォーク・キルアウェートと共にいて幸いした。
 そもそもそれがなければこのデパートはなくなっていたかもしれないが。
「しかし、爆弾が冷えてるんだが……」
 男子トイレにあった箱。そこに触ろうとして、本能が咎めた。
 それは正解だった。
「まあ、中身全部冷え切って停止させられてたら、そもそも発動できないか」
 ネームレスは呟くと、軍用の無線で経過報告をする。
 ちょうど、スピーカーからデパートが解放された、という安堵をもたらす答えが上がった。



 夜の留置所に入れられた少年軍人は、妹が軍直属の病院へ転院したことを知った。
 すすり泣く姿は、歳相応の少年だった。
 家族を殺人事件で失い、頼る身寄りもない少年は、引き取られた家でも疎まれて軍人の試験を受けた。
 妹は体が弱く、入退院の繰り返し。
 いつ一人になるか、怯えていたらいじめの対象とされてしまっていた。
 年上の命令には忠実に。
 上下関係の激しい軍人という道に、少年軍人の心は摩耗していった。
 そこで偶然、出会ったのがあの人だった。
 少年の擦り切れた心では、次々と嫌がらせをしてきた軍人たちを嬲り痛めつける彼女が、天使に見えた。
 助けてあげると告げたのも、彼女だった。
 妹のことも、これから軍人として生きていくための力も全部、教えてあげる、と。
 妖艶な姿に、まるで女王に仕えるように少年軍人は頭を下げた。
 妹たちを引き取り、手術代さえ出してくれた。
 そして。
「あ……」
「失敗しちゃったか」
 妖艶な声音が、届くわけがないはずの声に、少年軍人は震えた。
「まあ、自殺してご飯になる前に死んじゃった子よりは、ましね」
 くすくすと、満足そうに彼女は笑う。
「妹さんも、軍人が護衛に入っちゃったわね。残念残念、ね?」
 彼女は、少年軍人に手の平を向ける。
「も、申し訳ありません!」
「もういいの。軍人さんはね、代わりがいくらでもいるから」
 そうして、彼女は口を開き――。
 爆音のような、体当たりに吹き飛ばされた。



「おいおい、『神』さん、相当お強いのはわかってるけど、軍人でもない人に怨念、食べさせるわけにはいかないなぁ」
 白い髪の『神』は、学生服を着こなして、不敵に笑った。
「そいつの刑罰は軍が下すもの。いやぁ、気配がしたから来てみりゃビンゴってのは、僕は嬉しいねぇ」
「ふ、ふふ、同じ『神』ならわかるでしょう、ね?」
「いいやー。僕は処刑された後の犯罪者を食べるのが好みなんだ」
「あら、他人任せ、ね」
 幽鬼のように立ち上がりながら、女は服をはだけさせる。
「あー、きみを食べたらどれだけ速くなれるか、血がみなぎるよ」
「うふふ、あなた如きにできることかしら?」
「万の血肉を食ってきたきみには負けるかな?」
 自分の実力も正確に計れない奴は、負ける。
「興ざめしたわ。追いかけてくる? 狂犬さん?」
「逃がしたくはないが、『神』殺しでもいないとかなわないの、わかっちゃうのがこの身体の欠点だ」
 肩を竦めて、スピードスターは苦笑した。
「きみの餌になるつもりはないよ?」
「そう……残念ね」
「でも、いつでも待ってるさ。死にたくなったらいつでも歓迎するよ!」
「くふふ、面白い人ね」
 言いながら、強者は背を向ける。
「いつか、『神』殺しが軍人から出たら来てみるわね」
「そうならないことを願うね」
 言い残して、女の姿がかき消えた。
「妹は……妹は、大丈夫なんですか!」
「ん? ああ、彼女はただの被害者だ。それより、もう一人知ってるよね」
 スピードスターは、一枚の写真を取り出した。
「し、知らない。こんな変哲もないただの女、軍人ならどこにでもいるだろ?」
「今日、自殺したんだよね。ああ、彼女の餌にならないように処理したとか」
「違う、あの方は、あのデパートをオレに……」
「他は?」
「知らない、知らない知らない知らないそれより妹、妹は――」
「軍人がついてるよ。それに、爆弾体内から切除したら、身体のほうも嘘みたいに良くなったみたいだよ」
 どうでもいいことだけどね、とスピードスターは笑う。
「まあ、きみはもう立派な犯罪者だし? 妹さんはそれで一生苦しむだろうけど」
 らしくない、と思いながらスピードスターは言の葉を紡ぐ。
「あの女とは手を切りな。誰かは調べても偽情報掴まされるだけだろうけど、さ」
「恩人、なのに」
「妹さんを爆弾埋め込んだ女を? そんなんだから軍でもろくな扱い受けないんだよ、きみ」
 あー、話しすぎた、とスピードスターは顔を手で覆い。
「まあ、全て正直に話しなよ。多少、同情くらいはしてもらえるだろうからね」
 そして、すとんと牢屋の前に座る。
「メメント・モリ」
「え?」
「自殺するなよー? 面倒だし、怨念になる前に、僕が食べにいくからね?」
 少年軍人には意味がわからない言葉だったが、真摯さは伝わってきた。
 テロの主犯格と思われるだろう。
 けれども、この少年だけは、信じていい、そんな、錯覚じみた確信を、覚えて。
 いつからか枯れていた、涙が頬を伝っていた。



「テロ事件、一件だけで良かったな」
「あんなの、続けざまに起きてたら軍人の身がもたねえよ」
 シーザライズに引きずられ、軍人の簡単な聴取に答えてから、クライスは面倒そうにフォークを見た。
 震えてるんじゃないか、と心配したが、無用の産物だったようだ。
「クライスくん、すごかった!」
 軍人だということも忘れて、称賛の嵐を受けていた。
 でも、それは不安を隠すためだと、クライスはわかっていた。
「ベック―も、シーザライズさんのお手伝いしたんだって? 良かったね!」
 それほどでも、と看板を出す。
「にしても、偶然で助かった……と考えたいな」
 はぁ、とシーザライズさんが顔色悪く告げた。
「お前、疲れてるんなら寝たら?」
「能力酷使したからな。さすがに、中身まで想像力で補って凍らせたのはやりすぎたなーと今になっては思うが」
「そんなことしたの!」
 がたんっと、台所から音がした。
 フォアが、青筋を立てて、シーザライズのほうに歩く。
「目に見える範囲以外に使うと、下手したら死んじゃうんだからやったらだめだって言ったよね?」
「お前は俺の母親か、フォア」
「もー、そうですー、せっかく入れたココアあげませんー」
「おいおい、それは酷くないか?」
「しーりーまーせーんー、だいたい、想像だけで能力使うって自殺行為になるって教えたよね」
「どうして?」
 よくわからない、とフォークが首を傾げた。
「シーザライズの力は具現化。目に見える範囲がふつうなんだけど……簡単に言うと、この温かいココアを見ただけでアイスココアにできます」
「便利ー」
「でも氷を入れるには、想像力を働かせます」
「え? あ、そっか。氷は入ってないもんね」
「そう。水を凍らせたもの。そうわかっているものなら、まあ、そんなに困らないし、ぼくも文句は言わない」
「つまり、爆弾みたいな中身不明なやつに、能力? 使うとどうなるかわからないってことか」
「そう、クライスくんの言う通り。凍らせただけだったから、数こなして疲れたーで済んだんだろうけど」
 きっと、ココアを並べながら、フォアは唇を尖らせた。
「いい? 内部をよく理解してないものとかに、使っちゃ駄目だからね―じゃないと」
「はいはいわかってる」
「無茶、してたんですか?」
「フォークには関係ないさ。お前の護衛は、こいつからの依頼だし、ツキに心配かけないためのことさ」
「えっと、異能力者って、そんな無茶が通る、のか?」
「人によるよー。シーザライズは反則級。本来なら、誰もが欲しがるほどの稀有な力だよ」
「言いふらすなよ?」
「信じる馬鹿はいないでしょう……」
「……そんな、シーザライズさんと同じ能力の人が現れたりとか、しないですか?」
「クローンとか? 無理だね。彼の能力は、細胞じゃなくて、偶然世界と胎内で繋がったがゆえの奇跡だからね」
 えへん、と胸を張るフォアの説明に、皆一同に首を傾げた。
「つまり、シーザライズさんの力は、お母さんのお腹にいた時に会得したもの?」
「……運が悪かったのか」
 苦虫を噛み潰した顔で、シーザライズはそっぽを向いた。
「ろくな親じゃなかったが、この能力にはそういう奇跡の賜物ってのには、感謝するよ」
「……親と、関係よくないのか」
 クライスがココアに手を触れて、彼を試すように見る。
「はっ、年齢が十になったら軍に入れるような親だぜ? 忌み子だなんだと、ボロクソに言ってたな」
 でも、と遠い昔に、思いを馳せるように、彼は告げた。
「そんな俺を、王族の血縁のくせに構ってくれた男がいたんだ。いや、ホモじゃない。あいつ、俺を慕ってたとか言ってたが、きっと愛されてないから愛し方を教えようとしてくれてたんだ」
 だが、それを裏切った。
「レリアが俺の目の前で、そいつを殺したんだ」
「シーザライズさんは……」
 そこで、なんと捉えればいいのだろう。
 フォークにはわからない。クライスも、両親に甘えてるのは否めない。
「シーザライズは、歳が止まってしまっている。奇跡が、年齢を取ることを許さなかった。ぼくと似て非なる、人間なんだ」
 だけどね、とフォアは睨みつけてくるシーザライズを見る。
「愛していいんだよ。失うとわかっていても、好いていい。別れは人として当たり前。死線の中にいるだけが人の生き方じゃないし、幸せでもない」
「フォアには、わからないさ」
 静かな声だった。怖いほどに、とフォークは感じた。
「帰る。飯はあいつのところで食うから」
「……うん、ごめん」
 言い過ぎたと感じたフォアの謝罪に、振り返る。
 慈愛に似た、似合わない笑みを浮かべていた。
「俺が今好きなのは、この日常だ。それ以外は、なにもない」
 悪かった、とシーザライズが告げると、フォークがごめんなさいと謝った。
「ぼくが、変なこと言ったから……」
 飲む者のいなくなったココアを見て、フォアは首を横に振った。
「ぼくも悪かったから、おあいこだ」
「しっかし、クローンとか、そいうのどこで仕入れたんだ?」
「知ってるんだ」
「暗部で噂は流れてるんだ。優秀な遺伝子を持った人間を作り出す、とかで軍でも研究されてるし。極秘で」
 言って、はたとクライスは失言に気付いた。
「すまん、今の忘れてくれ」
「うん、ぼくから振った話題でもあるからね。聞かなかったー聞かなかったー」
「安心して。その程度のこと、SFものとしてしか普通の人は受け止めないから」
 ふふ、とフォアはおかしそうに笑う。
「それより、厄介な者がいる。クライスくんは知ってる? 『神』」
「……? 神様がどうしたんだ?」
「その反応だと知らないんだね。暗部の全員に知らされてるわけじゃない、か」
「あー、でもそういや行方不明になった先輩の中に、『神』が関係してるってスフィア先輩が言ってたな」
「スフィア? あのスピードスターの?」
「ん? なんで暗部の通り名知ってるんだよ」
「あ、いや、彼、『神』だし。遊撃隊で、各地回ってるのにレジーナに帰ってきたの?」
「なんで知ってるんだよ」
「まあ、彼、犯罪者しか食べないし。ツキさんと会ってないよね……?」
 その問いに、クライスははぐらかされまくったせいで、沈黙を返す。
「その様子なら、問題なし、か」
「お兄ちゃんと会うと、問題あるの?」
「まあ、たぶん祓われると危機感持ってるから、絶対会わない。たぶん、ぼくらからもっとも遠いところに光速で逃げるよ」
「あいつに追いつける奴、いないから」
 クライスは、白髪の少年を思い浮かべる。
「ま、おれもそろそろお暇します。いろいろありがとうございました」
「クライスくん! 気を付けて帰ってね!」
「家に帰るまでが遠足って言うしね」
 あはは、とフォークが破顔する。
 クライスはそれを見て、守るべきものがなんであるか、改めて理解するのだった。



「と、いうわけで」
「いや、なぜ俺を巻き込むんだ、この女」
 商店街への帰り道、シーザライズはツキと見知らぬ女と出会った。
 女は同僚で、タコウィンナーハンターだとツキに紹介された。
「居酒屋で一杯、やりましょーもー今日のテロ事件、裏がありそうだって暗部の連中に部屋から追い出されたんですよ酷いですよねー」
「もう酔ってるのか?」
「いつものことです」
 恥ずかしながら、とツキが付け加えたので、シーザライズは大変だな、と月並みな回答をした。
 そして、こんな関係も悪くないかもしれない。
 フォアの言うことはもっともだ。
 この女とは初対面だし、憶える気もない。
 けれども、こうして出会ったのもなにかの縁。
 それだけを胸に。
「やけ酒、つきやってやるよ」
 と、自然と言葉が出たのだった――。